本日は休みだったが、夕食の後、気になっていた件の処理で
会社に行っていた。
日曜日の夜11時。
一通り区切りがついたところで、帰宅の途につく。
帰る前に、ふと事務所の中を見廻してみて
そのやらなければならない案件、処理事項の多さを改めて自覚させられた。
それなりに処理をしていくには、24時間張り詰めて仕事していかないと
追いつかないような恐怖感におそわれた。
エンジンを掛け、車の窓を開けてゆっくり走らせていると、kuwata bandの 「ONE DAY」が
カーオーディオから聴こえてきた。
雨上がりの夜風を受けながら、 ふと考えが廻った。
大企業でバリバリでやっている人材が仮に入社してきたとして、
果たしてどれだけの問題解決そして発展が開けるだろうか。
地方の零細中小企業特有の事務処理そして企業文化の中では、
その力は発揮できないのでのはないか?
中小企業ならではの文化に身を浸しながらも、鋭い業務処理能力が発揮できるか
疑問だ。
なら、 ”中途半端な”体制で それなりに”処理”をしていけばいいのか?
「寿命を全うする瞬間に、どれだけのことをやれるか?」という
自問に対して、
「今のままでは、ただ目の前の案件処理に時間を忙殺されてしまい、
何も形が残らないのではないか?」
という自責の念が よぎった。
自分で仕事を作っているのでないだろうか?
本業が中途半端な状態のまま、新規事業などを手掛けているから
毎日毎日バタついているのではないか?
否、本業の将来に不安があるからこそ、新規事業をやっているのではないか?
しかし、今自分が辿っている日々の軌跡は、ただ案件処理 だけに終わっていないか?
夢があるだろうか? 社会にとって意義があることを果たしてしているのだろうか?
自分で 夢をつくり そしてその夢の実現のために仕事を作り、
その仕事を一つ一つ処理していくことで 夢を実現していく。
そんな 流れなんだろう が。
眼の前にせまってくる事象、悩みを ”楽しむ”くらいの境地に なりたい・・・