建築・土木工事なら宮崎県日向市の株式会社内山建設

内山建設

社長ブログ

 

みなさま それぞれの思いの中 明るい正月をお迎えのことと存じます。2016 初日の出

 

 

 

旧年中は、いろいろな局面、つながりの中でお世話になりました。
おかげさまで、会社も 私個人も こうやって正月を 平穏のうちに迎えることが出来ました。
これも、ひとえに みなさまの存在のおかげでございます。
ここに改めて 感謝の言葉を申し上げます。
ありがとうございます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、今年は 会社の代表者である私内山雅仁は年男になります。
小学生の頃の参観日の出し物で、サルとゴリラのケンカを演じて喝采を浴びたことがあります。
私の役はサルでした。
ゴリラ役は 私よりの体格が大きい大柄の同級生。
普通なら ぶつかりあうと 私などは弾き飛ばされるはず。
しかし、なぜか そのときばかりは 一歩も引けを取らないぶつかり合いを演じていました。

 

公共工事は確かに今年もあまり楽観できる状況ではありません。
経営環境の変化が激しい時代。

 

「先義後利」
常にお客様と社会のことを第一に考え、行動する。
利益は自ずと後から生まれてくる。
昨年12月の日経新聞の「私の履歴書」で
Jフロントリティリング(大丸と松坂屋の合併会社)の奥田務相談役は 何度もこの言葉を繰り返していました。
京セラの稲盛会長はそれを「利他の心」とおっしゃっておられます。
松下幸之助氏の言葉を借りれば、「仕事が伸びるか伸びないかは、世の中が決めてくれる。」。

予算が無いから 受注が伸びない。利益が上がらない。
それって 先ず自分の利益を確保するためにどうするか を考えている中で出てくる言葉。

壁にぶつかっているとき今こそ、
今年は 真から  お客様そして社会に どうやって会社が貢献できるか ということを考え
そこから スタートする気持ちで仕事をしてみたいと存じます。

そのために  変化に対応できる経営スタイルを模索し、行動する一年にします。
あの長い歴史のある百貨店も、会社を守るために呉服店の形態から百貨店に転換しました。

あの小学生のとき演じた サルのように ・・・ その気になれば やればできる!!
「60%の見通しと確信ができたならば、あとは勇気である。実行力である。
60%の判断で、100%の確実な成果を生み出していくのである」
これも松下氏の言葉です。

 

 

本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。

 

内山雅仁 拝

 

元旦1

今年2015年は、会社にとって大変厳しい一年だった。
予想以上に公共工事の発注が減り、受注に苦しんだ。
苦労して受注した工事も、思いのほか利益が上がらない状態となる。
去年までは連続して右肩上がりの受注で年越ししてきただけに、
そのギャップ、その不遇さに大きな気落ちをしながらの年の瀬となりそうだった・・・

そんな最中、普段あまりつけるのことないテレビのスイッチを押し、その画面で目にしたのが、
哈達河(ハタホ)開拓団の集団自決についてのドキュメンタリー
そして「マッサン」の再放送で一馬の出征するシーンであった。

後者の出征に関するシーンは、これまでいくつものいろんな話で皆さん知っているのでここでの説明は割愛する。
前者は政府の要請で始まった満州の開拓。その開拓団の一つ哈達河(ハタホ)開拓団中央グループ
は、戦況悪化に伴い撤退を始めるものの、軍は開拓団を保護する余力がなく支援を受けることがないまま逃避行。
その中でソ連軍の戦車隊と武装した中国人暴徒集団に前後をはさまれて
身動きできなくなり、ついに全員集団自決の道をたどったのである。
「まず団長がピストルで頭部を撃ち抜き死んだ。
続いてあちこちで自殺が始まった。
銃を手にした男たちが、白い布で鉢巻きをしたり、目隠しした
わが妻、わが子を撃ち殺した。
短刀でわが子の胸を突き刺し自分も死んでいく母もいた。」
という。

そう、どんな経営環境に見舞われても、あの当時の戦禍での受難に比べればたいしたことはない。
今の環境下は、自分で工夫をすれば、まだなんとかなる可能性がいくつも残されている。
当時のあの状況下では、自分でどうすることもできない ただ宿命に従って自分の来るべき運命に身を委ねるしかなかった。

ある意味、今は幸せと言える。
乗り越えることが出来るし、乗り越えて後ろを振り返ったときに、
それは価値となる。

そう思うと 俄然元気が出てきた 年の瀬となった。

来年は  やろう

恵まれている 今の 環境下で

 

父親を意識した瞬間

2015年8月31日

息子の話。

この間の日曜日、息子の剣道の昇段試験(2段)があった。
父親に似ず((^_^;))、もともとお世辞にも運動神経はよくない方だが
親が感心するくらい昇段を目指して、熱心に練習に励んでいた。
(不器用なのは父親似で、実直真面目に向かい合っている姿勢は
手に取るように察することができた。)
多分、自分でも運動神経がよくないのは自覚しているはずで、
だからこそ一生懸命練習に通う姿を陰ながら応援していた。
そして、試験当日。
試験は3つのステップで進められる。
まず、実践。ここでは竹刀を使って、切り返し、そして試合が行われる。
ここに合格すれば、次は木刀を使った型の試験。
ここに合格すれば、筆記試験。
だいたい、最初のステップをクリアすればほぼ合格だ。
2段の受験者は40名くらいいただろうか。
息子は30番目くらいで、それなりに終了。
気になるところはあり親ながら心配になったが、付添で来ていただいた道場の先生も、「8割がた大丈夫ではないか?」
と言って頂いたので、少しは胸をなでおろした。
そして、結果発表。
彼はボードに自分の数字を確認することができなった。
その後、落ちた受験生(4~5人くらいだったか)一人一人に後評の時間があり、
彼は彼なりの”演技”で悔しさを隠しながら、先生のところに報告に来た。
先生からは励ましの言葉がかけられ、
「よくやった。これから受験勉強に集中して、昇段試験はまた高校に入ってからでも十分間に合うから」と言ってくれていた。
彼はそれは傍にいてわかるくらい 悔しそうな気持を精一杯押し殺しながら聞いていた。
残った受験生達が次のステップに臨む様を横目に見ながら、僕たち親子は会場を後にした。

「何か食べて帰るか?」
息子
「嫌、お腹すいていない。買っていたおにぎりがあるからそれでいい」

「俺がお腹すいているから、近くに美味しいうどん屋さんがあるから、食べて帰ろう」
息子
「・・・わかった」
車で移動中、

「悔しいだろ」
息子
しばらく黙った後、・・・「うん」
私は イチロー選手がかつて語った「2000本安打は、その倍以上の屈辱があったからこそ達成できた」
という言葉を紹介した。
そして、自分もこれまで たくさんの屈辱を経験したと話した。
仕事ではこれでもかというくらいのたくさんの悔しい思いをしていて、ある意味そういう経験の連続だと語った。
そしたら、息子は声に元気を取り戻して
「仕事以外では、どんな悔しい思いをしたの?」と勢い訊いてきた。
「そうだな~? 」と考えながら、実はすぐには思い出せずに、思い出すのは仕事での辛い思いばかり。
彼は大好きなカレーうどんを注文するも、
最初の一口は旨そうに口に運ぶも、どうもその先の箸が進まない。
どうやら、自覚していないが、まだ緊張感、屈辱感が体に残っているようだった。
残りは自分が食べ、帰路へ。
車中で「思い出したよ。」
と社会人になる前の苦い思い出を二つ話した。
一つは、中学校の野球部での話。
もう一つは、就職試験の話。
野球部ではキャプテンを任させたのだが、そのときに外部から招かれたコーチとの相性が悪かったのか、
それまで本命とされていたサードの守備から外野へのコンバート(移動)を命じられ、
なかなか外野守備が体になじまず、大きなエラーを練習試合でやらかし、ベンチ入り(試合出場の控え)した経験があった。
就職試験では、受けたほとんどの会社は内定をもらっていたが、一番行きたかった会社に落っこちてしまい、
相当なダメージを受けた話をした。

そして、家に帰ってから待ち受けていた犬を連れて大きな広場に出掛けようと誘ってみた。
案の定、気乗りせず、断ってきた。
それを半ば強引に連れだす。
愛犬と私と息子と3人(?)で海の見える広場で、かけ回った後、
「あそこ 行こう」と連れて行った場所があった。
彼は ポケットからi-pod を取り出し、そこから広がる広大な景色をカメラに収め始めた。
何を思いながら撮っていたのだろう。

 

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そして、僕ら2人は しばらくお互い無言のまま その景色を ゆったり眺めていた。

 

 

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この題目を目にして、「内山社長は とうとういかれてしまったか?」とほとんどの方は思われたであろう。
笑わってもらって結構です。ハイ。

先の当社の安全衛生大会。
当社社員に加えて、取引先の方にも参加してもらい、総勢100名弱の賑やかな大会であった。
冒頭の社長の挨拶で、
「私が60歳になる13年後には、売上100億円を企業グループで達成することを目標とします」
とぶち上げてしまった。
現時点の売上は10億円弱。2年前に計上した過去最高売上でも15億。
あと10年で、しかも土木工事市場はこれから拡大していく一般には考えにくい。
それでも、大きな数字達成を目標にしたのはわけがある。

萩本欽一氏の本で 「今が辛ければ辛いほど、遠くにある大きな夢を見て辛抱すると、きっといいことがあるから」
という言葉を目にしたから。
いいことが来てほしいから、遠くの大きな夢を語りました。
単純ですね。

でも、遠くの大きな夢を描かないと、足元に灯りがさしてこないし、
現状の壁を打破できる奇想天外なアイデアも浮かんでこないのも事実。
実際、100%達成できるかどうかあやういところかもしれないが、
そういう馬鹿でかい目標を達成するにはどうしたらいいか?を頭に入れて経営を考えると、
今までと全く違った心構え、発想の視点がついてくる感じがしている。

ちなみに、企業グループとしたのは
建設業だけで100億円達成は 現実的に厳しいので、
関連会社で目下業績が上向いている園芸・肥料製造販売会社の有限会社エコロ及びその派生事業を
含めてのこと。
もちろん、足元のゴミが見えなくなるほどのバカな経営はするつもりはありません。

普段めったに見ることのないテレビ。
たまたまスイッチをつけると、NHKで「団地ともお」というアニメが放送されていた。
時代背景が自分の子供の頃と似ていて、懐かしい気持ちを抱きながら見ていた。
決して成績がよいわけでなく、なんとなくドラえもんのジャイアンに似たやんちゃタイプ。
しかしながら、正義感が強く、純粋な一面を持つ、ともお。
彼が学校の先生に突拍子もなく質問をぶつける。
「先生、終戦の日って、喜んでいいのですか?悲しむべきなのですか?
戦争が終わったのは嬉しいけど、負けて終わって人がいっぱい死んだことは悲しいし、
どっちかなぁと思って」
先生は しどろもどろで返答に窮していた。
でも、自分がもし同じ質問をされたら、どう答えただろうか?
思わずつけたテレビだったが、印象に残る言葉に遭遇し、意義ある時間だった。

最近、仕事に やや行き詰っている。

今の組織と自分の力  の限界・・・
半年前までは、前途に限界を感じることないくらい自信が体の中にあった。
しかし、今は 限界を自覚する瞬間が 少なからずある。
とあるお客さんのところにいって仕事の相談をしてその場を立ち去るとき、
ふと「もう経営やめてしまいたくなりますよ」
と口に出していた。

社内のある会議でも つい社員に対して愚痴が出た。

その会議を進めるうちに とある若手が作成してきた事業計画。
やや荒削りではあったが、なるほどその方向性は面白いと思う頼もしい内容がちりばめれていた。
また、会議を終え、別の若い女性技術者が近く高校生向けに行う講演のプレゼン資料に目を通した。
この内容は、うちの会社に入ったことで、高校生に元気を与えようとする自信に満ちた言葉にあふれていた。

会社に、 そして 自分に 若い社員が前向きにさせる そんなパワーがある。
本来、社長が若手に やる気を与えてやらなければいけない。
しかし、 若手から 逆に 社長である自分が元気をもらった。

神様は その人に乗り越えられない障害は与えない という。

先日、上京して いろんな親身になってくれる経営者と話す機会を得た。
そして それぞれ3人から以下のような言葉を聞いた。

”最後は経営者なんだから”

”経営 って パーフェクトにことが運ぶなんて ありえない。
”適度”にやっていくことが大切”

”中小企業の経営者なんて密林の獣と同じですから、獲物は定期的に与えられるわけでもないし、
今日生き残ったモノだけにしか明日は来ない日の連続だと思っていますからそれを楽しむようにしています。”

 

また 気を取り直して 新たな 前を向いて 一歩乗り出そう

 

疲れ気味になる自分を予想していたかのように、最近家族に新しい仲間が加わった。
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そして クワガタくん2匹   メダカ赤ちゃん2匹(ようやくふ化に成功した)

新しい生命は 驚くほどのパワーを吹きかけてくれる。
ありがたや  である。

 

このゴールデンウィークは ゆったり とはなかなかできないようだ。
実は、二つある会社のうち、園芸用肥料・用土の製造販売を行っている会社(エコロ)でちょっとしたトラブルがあり、
その対応含めこの会社は連休は3日の日曜日だけという状況になっているから。

これまで建設1本だけだった当社に、5年ほど前から全くの新規事業として取り組むことになった会社。
恥ずかしながら、立ち上げて(厳密にいうと他人資本だった会社の事業を譲受した)ずっと赤字計上。
ところが、昨年からの新企画が次々と当たり、売上が急伸。
その反動がトラブルという形で現れたかっこうだ。
でも、、、 業況が好転していないと顕れなかった現象。
見方によっては、会社が大きくなる際には越えなければならない一つの峠を今回迎えることができたのだ。
そう思っている。

今回のトラブルが顕在化した直後、製造の責任者と他の社員がいる前で感情をぶつけた口論があった。
お互いが「会社のために精一杯取り組んでいる」という熱い想いがぶつかったときの口論は激しいものがある。
『口角泡を飛ばす』『一触即発』  まさにそんな感じだった。
最終的には  お互いが目指すべき方向性で一致し、
私から「こんなに一生懸命取り組んでいるんだから、きっと助けてくれる。出来るだけのことは、やっていこう!!」
という言葉を残して劇場は終焉した。
良かったと  思っている。
社員が二人の口論を目のあたりにしたのも。

トラブル処理と 生産増強(欠品寸前の製品が相次いでいる)対応のために 5月に入っててんてこ舞だ。
現場が休み返上で対応している中、社長である私が知らない顔して ゆっくり休むわけにはいかない。
猫の手も借りたい状態だから、自分も工場に入って手伝いに加わった。
休み前はダンプのハンドルを自ら握って店舗廻りもしてみた。
この1週間の自分のとった行動。
今回のトラブルも含め、大きく成長するために 大きなバネになっている気がする。

そういえば以前、建設事業でGW返上で現場をやっていたときは、現場に足を運んだな。
二つの会社を背負っている以上、二つの責任を別個に負っているわけだから、
已む得ない宿命だろう。

そういえば 先月の日経新聞連載の『私の履歴書』のニトリの似鳥会長の話。
面白かったな。トラブルの連続。
まだまだ 当社のトラブルなんぞ 甘いものだ。

社長という責任感

2015年4月14日

最近、日立製作所の元社長 川村氏が書いた本を読んでいる。
ここで、 「自分の後ろには誰もいない」と思えというようなことが書いてあった。

今日も一人 事務所に残って残業。
これからの営業計画を あれこれ考えている。
下請工事をする際の利益予想と、それに基づく元請先との厳しい交渉。
やはり 数字の重たさを痛感しているのはトップ。
責任がかかってくるから。
それが 仕事 運命  。

帰りに車の中で 先週地元のFM局の自分へのインタビューを録音されたCD聴いていると
「あくまで 夢ではありますが、日向から宮崎、宮崎から日本、日本からアジアへと・・・」
という言葉が耳に入った。

アジアを睨む社長が  足元の仕事のやりくりで悪戦苦闘か・・・
我ながら苦笑いしながら帰路についた。

一人 での仕事

2015年4月12日

3月から4月初めにかけて、いわゆる飲み会が多く続き、夜は会社を早めに出ることが多かった。
最近は週に3日くらいは会社でゆっくり夜仕事が出来るようになっている。

新しい決裁の書類が回ってくるわけでもなく、もちろん外部からの連絡もない。
これまでは日曜日の昼間しかゆっくりできる時間がなかなか取れなかったので、
いろいろと先のことを考えることができるようになっている。

幸い(?)足元の手持ち工事が少なく、発注が本格的に出てくる前のこの時期だからこそ
足元の体制の見直しや、将来の戦略などについて時間をかけよう。

怠惰に時間を過ごす ことだけは 避けよう。
自分を律して、 読書も含め いろんな幅を広げていこう。

最近、社員の業務へ取り組む姿勢に対して、苦言を呈することが多い気がする。

結局、自分で具体的な対応について指示を出していることが多く、
場合によっては自らが最後の仕上げを手掛けていることも ある。

そういえば、1年くらい前までは、結構そういうこと(具体的な指示や自らが作業)
が多かった。
最近は、あえて感覚を緩くしていたせいもあるだろうが、夜遅くまで自らが手をかけることは
あまりなかった。
もしかしたら、最近の受注減はそのせい?
いや、もしそれが当たっていたとしても、会社組織として その体制が望ましいか?と言えば
多分NO であろう。

会社のあるべき方向性に 社員が動いてくれる  出来れば 勝手にその方向に動き出してくれている
これが理想なのだろう。
現時点は、 かなり細かいところまで トップが社員に指示を出している気がする。

雑誌とかで 活躍目覚ましい企業のトップリーダーを紹介する記事などを見てみると
意外と細かいところまで口出している人も少なからずいる。

理想が高いのか?

自分の視線は ただ 「先にあるお客さんが いかに安心して 信頼して仕事を任せてもらえるか?
そのためにどう行動すべきか?」 にあるだけだ。
お客さんの安心度のレベルを上げ追究していく。
そこに 「それは理想だけど・・・」という諦め論、感情は 挟みたくない。
それを追い求めることで 結局のところ そこに働く社員も 喜びを感じる瞬間を得られるし、
待遇の改善もついてくる。

今の当社の体制 では  今の自分のやり方 が要求されている、必要とされているのかもしれない。
然るべきときに ブレイクスルーする時機が訪れるのを楽しみにしながらも、今 足元でやることをやってみるか。

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