建築・土木工事なら宮崎県日向市の株式会社内山建設

内山建設

社長ブログ

人それぞれにはこの世での役割があると、ものの本で時折目にする。
果たして、自分の役割は何なんだろう?とふと思うことがある。
全く異なる業界から建設業界に入り、時には第三者の視点から異端児ともいえる行動をして、風を起こしたりした。
ネット上で現場の進捗を公開始めたことなどがそれ。
また、発注者にも 結構若いながらも はっきりと筋論を通したりした。
営業的にみると、この手法はたまに大きなマイナスに働くことがある。
それは、そうだ。行政はその判断にある程度裁量が委ねられているから。
それくらいはバカな私でもわかるのだが、そのやり方、生き方について
変えてこなかった。

正しいことを言うときほど、言い方に気を付けなければならないという。
自分ははっきり言って不器用な方なので、ストレートな言い方をついしてしまう。
(この点は大いに反省すべき点であり、改めなければならない。)

どう頑張っても こちらが筋が通っていても 結果は変わらない、
むしろ逆に印象を悪くして、その後の現場対応が悪くなっていくことが少なからずある。
それがわかっていも敢えてその姿勢を変えずに真正面からぶつかっていくことをする。
現場が出来る社員の中には、そんな姿勢を敬遠する者もいる。
「現場がスムーズにいくことを優先すべきだ。
相手(発注者)の気を悪くすれば、どうせ結果も変わらないのだし、
いいことは何もない」という。
やがて、そんな経営者に愛想をつかして会社を去っていく者もいる。
それでも 私はあえて 突き進む選択をとる。

それはなぜか?
自分のこの業界に入った志が
「閉鎖的な(だった~当時はもっと)業界を、多くの市民に受入れられる業界に変えたい」
「最終ユーザーにとって、本当に喜ばれる経営をしたい」
だったから。
いってみれば、これが 自分の今 建設業界で経営者をしている”役割”ということになるのだろうか。

1地方の小企業の経営者 対 相手は大きな組織。
そこに 真正面から向かっていく。
でも、その行動の中心にあるのは 「発展ある業界のために」という業界”愛”。
そんな姿勢だからどうか?
温かい目で 応援してくれる方もいる。
組織の中で頂点付近におられる(た)方 にも
少なからずいてくれたりする。
何でなんだろう。別に特別媚びを打っているわけでもない。
だから、 なおさら この業界のために 敢えて・・・となる。

会社を 大きくしていく  より 儲かるようにしていく  という思いは
自分にとっては さほど重要なテーマではない。
あくまで それは結果。

 

 

社員は本当に大変だろうな。
会社は何のためにあるか?
社員の幸福のため、社員のやりがいの実現のため。
確かにそう。
でも、どうも 経営者の志の実現のため、役割の具現化のため
という側面が より大きいのかもしれない。
一番いいのは、経営者の志に 社員が共感してくれ
その実現の過程において 各社員が いきがい、やりがい、喜びを
感じてくれること。

 

今 少子化で この建設業界は 人集めに大変苦労している。
表面的な満足感でなく 真に従事して満足を得られる業界にするためにも
これからも 今の姿勢を貫いていくことになるのだろうか。
以前は もっと逆風が吹いていたが、
齢を重ねたせいか 風当りも やや微風程度しか感じなくなってきた。
(風のよけ方も それなりに身についてきたから?)

 

建設業経営をしながら まちづくりにエネルギーを注ぎ 風を起こし
農林業関連の事業にも従事するようになっている。
自分は 50歳になり これからあと10~15年、
どういう役割をこの社会で果たしていけばいいのだろうか?
最近 いろいろとあった出来事を振り返りながら
この連休中に 思いを巡らせていた。

ありがたい社員

2018年8月15日

昨年亡くなった会社OBの初盆参りに行ってきた。
この方は夫婦で作業員として働いてくれていた。
線香を傾けた後、奥さんとしばらく談笑していたが、
何度も「働いていたとき、楽しかった~。今でも体が若かったら、現場に行きたい。
たまに、あの現場での様子が夢に出てくる。
主人と生前に、よく当時の現場のことを楽しい思い出として話をしていたんですよ」
と話ししてくれた。

このご夫婦は私が入社するときはまだご活躍中で、社長になる前に高齢のため退職をされた。
古き良き時代といえばそれまでだが、確かに当時と比べると業界を取り巻く経営環境は厳しくなったとはいえ、
私が社長になってから 現場でこのご夫婦が働いていた楽しい雰囲気をどれだけ演出出来ているか?
反省をしつつ帰路についた。

こういう社員の方の存在が今の礎になっていると感謝しながら。

若い力

2018年7月29日

最近、当社の若手が燃えている。
自主的な勉強会の実施
入社1年目~5年目の若手を中心に測量技術について、昨日休日返上で自主的な勉強会に参加していた。
ベテラン部長が講師を勤め、みっちり午前・午後の座学、そして実技。
生々しい失敗事例も交えていたようで、ちょっと覗きに行ったら、誰一人居眠りすることなく
講師の話に聴き入っている様子だった。

 

 

 

 

 

 

 

地元の祭りへの参加
地元日向市の代表的な祭りで、今や全国からも参加者が来る「日向ひょっとこ祭り」。
ここに昨年から当社も参加している。
きっかけは若手からの呼びかけ。
昨年は7名。今年は新人3人も加わり13名。
平日仕事が終わってから、会社事務所に集まり自主練習をしている。
凄いな~

 

 

 

 

 

 

 

 

 

昨日は いよいよ来週末にせまった祭り本番に向けて景気付けに
勉強会、練習が終わり 「こぶし固め」会。
建築でお世話になっているお客さんのお店で食事。
若手から どしどし意見が私に飛んできました。
別に壁を作っているわけは全くないけど、
やはり こんな私でも ”社長の威厳”があるのでしょうか????
(社内にソフトボール部を作りたい!!との予想外の意見もあり、
酒に酔った勢いで OK! と即答しましたが・・・
本当にやるのかな・・・  ま、言ってしまったから やるなら応援はします)
そして、街へ11名二次会に繰り出していきました。
二次会のお店のママさんから
「若い方は元気があって、活気のある会社なんだな~って感じました」
と翌日来店のお礼のメールが。。。
相当 盛り上がっていたので、周囲を意識して一応2時間で切り上げたのですが、
やはり 迷惑 本当はかけていましたよね・・・ (^-^;
ママさん ゴメンナサイ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

経営していると いろいろと 相変わらずありますが、
確実に 上向いて いっているのだと  感じています。

 

徳川家康公 の言葉

2018年6月15日

どこか忘れたが  お客さんの会社でふと目にした徳川家康公の言葉。

人の一生は重荷を負って遠き道を行くが如し。
急ぐべからず。不自由を常と思えば不足なし。
心に望み起こらば困窮したる時を思ひ出すべし。
堪忍は無事長久の基。
怒りは敵と思へ。
勝事ばかり知りて、負くる事を知らざれば、害その身に至る。
己を責めて人を責むるな。及ばざるは過ぎたるより勝れり

 

 

万端の準備をして 天下とりを果たし、その後260年余も間 徳川時代の礎を
築いた人の言葉。

 

あの人でさえ  こんな境地でいたのか?
特に強烈に ガツンと頭を叩かれたのが、「不自由を常と思えば不足なし」 の言葉である。

当社の決算月は6月。つまり今月。
7月から新しい事業年度のスタートとなる。

 

毎年年度当初にその年度の事業計画書を作成してスタートしている。
この作成には幹部を関わらせている。
当該年度の反省、そして当社の社内経営資源の検証、社外の経営環境の分析を通して
会社としてどういう方向性を向いて、どう具体的に動いていくかを検討する。

 

 

 

今回は 昨年度と比べて違った点がいくつかある。
1、まずは参加する幹部のメンバー。
統括する部長、総務など ほとんどの幹部のメンバーが変わり(いろんな理由があって)、
また従来のメンバーや 客観的な意見が言える若手も加えている。
2、経営資源の検証を従来は各部署毎だけで行わせていたのを、今回は横断的に行おうとしている。
3、トップである私の心構え
50歳になり もう悠長な経営は許されないという危機感を持ちながら
一方で少々のロスが発生してもいいので、やらせてみようという許容の視点を持たせている。
4、検討する材料
これまで退職した社員を並べてみて、その理由をメンバー全員で検証してみる。
途中で辞めていった社員は、それなりに彼らに言い分がある。
それを改めて検証し、会社側の問題は次に活かしていこうという試み。
私なりに言い分があるが、メンバーなりの忌憚ない意見を言わせてみた。

 

前回の打合せでは、従来にない意見が出てきたのは新鮮だった。
それは 「社長の現在の仕事をいかに減らすか、これが今後の会社発展には不可欠である」
という意見だった。 それも参加者が 口をそろえての意見だった。

 

ありがたい社員からの意見であるが、
現在の仕事で社員が代替できる仕事は多いに移譲していきたい。
しかし、だからといってその空いた時間をプライベートで悠々自適と過ごす というわけにはいかない。
社長には 社長のやるべき仕事は山のようにある。
どんどん 次のやるべきことに挑戦、時間を使っていきたい。

 

話は 飛んでしまうが
昨年度の宅建に続いて今年も別の資格試験に挑戦しようとしている。
昨年度以上に なかなか勉強の時間が取れない。
(まとまった時間がとれるのが、朝と 休日。
ただ休日は 何かと社内管理書類のとりまとめなどで半分は仕事に費やされている。
この日曜日も顧客からの問い合わせがあり、その対応でいそいそと会社に来てしまっている)
致命的なことは、明らかに自分の記憶力は低減している事実だ。
以前は一度目にした内容は だいたい1回で頭に入っていたが、
今は2回目にしても ほとんど記憶に残っていない。
もう記憶力が追い付かなくなっている現状を踏まえて、このあたりで諦めの覚悟(受験の)を
持った方がいいのではないか? という気持ちと
いや目の前の難事を逃げてないけないという気持ちと 交錯しながら ・・・・
いろんな知人から 「最近、ブログの更新がないね。。。」と言われていたので
一人会社でPCに向かう自分である。

 

 

 

とにかく
人の生き方として 「完全な状態」  とはなんだろう?
過ちを一切犯さない そして誰にも寛容で 無私の精神で平常でいられる境地  つまり神様になる ということだとすれば
人は死ぬ瞬間でも 中途半端な状態であると思う。

ならば 死ぬ瞬間まで いろんな歩み方があるにしても 中途半端ながらも 人として成長し続ける人生でありたいと思う。

 

受験の時間確保のみならず、 これからの大きく経営をステップアップしていくための時間の確保
(そのためには従来のことに費やしていた時間をカットして余白の時間を作る必要がある)
このためには

「社長の今やっている仕事をいかに減らすか」  これが 確かに必要であろう。

会社の中核にいる人達が 同じ意見を持っている。

新たな脱皮の時期に来ているのかもしれない。

新入社員 訓示

2018年4月4日

 

4月2日(月)から当社に新入社員が3名入社した。学校卒業しての入社組が2名、他産業(鍼灸師)からの転職組が1名である。
入社式を会議室で執り行ったが、そこで社長訓示を行った。

社会人とは、などの話を行ったが
一番言いたかったのは 以下の二つ。

 

 

1、社会で働いていると、必ず理不尽なことぶつかる

 

 

「 自分でどう考えても、それはおかしいだろう」ということを
言われたり、またせざるをえないことが少なからずある。
それは社内であったり、社外であったりいろいろ。
そこで、どういう行動をとるか、どういう気持ちで向かい合うか それが大事である。
「それはおかしいから、やらない」という姿勢を貫けば、通常の社会では仕事はできない。
だからといって、おかしいけど「そういうもんだ。仕方ない」と流されっぱなしでもいけない。

 

 

2、未来は自分の中にある

 

 

これは奈良薬師寺の和尚・大谷徹奘氏の言葉である。
以前日向市に来られたときに、頂いたもの。
当社の階段の踊り場の棚に掲げさせてもらっている。

自分の社会人としての終わり、もっと言えば人生としての終わりに
自分が納得した素晴らしいものだったと言えるものにするか、否か
それは、その人がどう考え 行動し続けたか にある。

 

 

 

また、上述の1と少しだぶるところもあるが、嫌なことがあったときに
どういう気持ちでそれに向き合うか、その後どういう行動とるか次第で、
その後の社会人生は大きく変わる。
それは、その人の心の中次第。
えてして、特に新人は 仕事がうまくいかない、仕事が面白くないと感じると
それを人のせいにしがちである。

ちなみに 似たような私の好きな言葉は、
パーソナルコンピュータの祖と言われているアラン・ケイの
「未来を予見する最大の近道は、未来を自ら創造することである」 だ。
彼らにとり、当社で目にすること全てが 「社会とはこういうものだ」 という目で映る。
その組織のトップである私自身 大いにその自覚をして 彼らと接していきたい。

 

これって  経営者 なら 一度は経験する出来事ではないだろうか?
と思っていたら、 もしかしたら 自分にスキがあるから真正面からぶつけてくる
のではないか? とふと感じたりした。
バリバリのカリスマ性の高い経営者なら、とても 怖くて 不満をぶつける なんていう
行動に出る気がしないだろうから。
この種の経営者の場合、 裸の王様 になる危険性があるというマイナス面がある。
一方、自分の突き進む信念に対して心を乱す外野の声が入らず、
まっすぐに経営を貫ける環境を自ら作り出せるというプラス面もある。

経営者にとって 裸の王様になって 最終的に大きな落とし穴に入ってしまうリスクより、
強い外圧からの声により経営行動指針に対して不安に駆られてそのスピードが落ちてしまうリスクの方が
会社を強くする、拡充するには 影響が大きい、 そう今は感じている。

もちろん、最終的に落とし穴に入ることは回避すべきであるので、
そのためには社員からの声が届きやすい環境を整備する必要はあると思う。
ダイレクトにメール等で受け付ける という手法もあるが、
これは 功罪も併せ持つ可能性があるように思える。

 

こんなことを考えていると・・・ ある取引先の専務から 次のような言葉が漏れてきた
(別に当社のことを口に出して相談したわけではないが、たまたま別件の話ででてきた
のが面白い)。

『ある会社の役員は 社員から上がってくる書類に 細かくコメントを書いて返している。
そして、現場で社員にこまめに声掛けして気遣いをしている。
だから、その会社では「あの役員Aさんがいるから・・・」という社員が多い。
そういう役員の存在が大きい。
しかし、そういうタイプの役員は社長にはなれないんだよね』
なるほど言いえて妙だと 感じた。

ある社長さんから ブログで60歳で一つの区切りなんて書くな! とアドバイス頂いた。
もちろん、本当に60で経営者を終えるとなると社員の士気に影響するだろうが、
ズルズル社長をやるという前提だと 自分に対してプレッシャーがなくなる。
敢えて 60歳を一つのメルクマーク(指標)として経営者としての人生設計を立てる意義はあるように思う。
あと10年×12か月×31日=3,720日  今日 成り行きで流されて過ごすと 貴重な3720日の1日が失われる。

 

今、僕の自宅のPCの前には 4冊の本が置かれている。
最近読んだ本だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

自分に残されている時間は 永遠ではない。

 

当社に二人の技術士が誕生しそうである。
先日の合格発表に、「番号がありました」という嬉しい報告が社員からあった。
技術士は ウキペディアによると 「科学技術分野での最高位の国家資格であり、「高度な技術力を持った技術者の称号」となっている。
地方の地場ゼネコンに複数の技術士が誕生というのは 悪い話ではない。
(当社での資格取得者は厳密にいうと3人目になるのだが、1人は取得早々に退職してしまった(^^;)
今後も名に恥じないように、お客さんの要望に的確なアドバイスをもって高い品質で応えていけるよう
技術力の研鑽を図っていきたい。

 

そんなうれしいニュースの週末に 地元日向市でマラソン大会があった。
距離は 5キロ、そしてハーフ(約21キロ)の部があるが、今回初めて5キロを超すコースにエントリー。
今まで練習でも10キロくらいしか走ったことないのに、いきなり倍の距離、しかも最大高低差70mの山中を
登ったり下ったりのコース。
ある程度は覚悟していたが、実際走ってみて 相当しんどい思いをした。
(最近飲み会が続いて あんまり走れてなかったから、
本番前日に普段走らない10キロ近くを走ってしまった無謀さも多少は足に影響あったような。。。)
何度も 「もうここで止めよう」と思いかけたことか・・・
膝の痛みを覚え、それを堪え堪えして走ったのが一番しんどかったか。
ただ、一度も走っている足を止めることなく走り続けての完走だったことは
自分を褒めてあげていいくらい満足の結果。
途中、歩いて 足を揉んだりしたら もう少しタイムも上がったかもしれないが(2時間1分台)、
とにかく 走り続けて完走することだけに 力点をおいて参加したから。
それにしても、ゴールして しばらくは誰とも話す気力がなく、
ただただ横になって半分気を失った状態になったくらい、
久しぶりに自分の限界と向き合った時間だった。

下の左写真は  1か月前に参加して3位入賞した別のマラソン大会(5キロの部)
そして 右が 今回の写真ときのもの。

 

5キロの部                       ハーフ(約20キロ)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

つらい思いをしつつ完走しきった満足感に浸りながらも、
翌日痛い足を引きずりながら会社に出勤。
朝から会議などを終えて ひと段落したところで・・・
思わぬニュースが入り込んできた。
ある社員が 私の行動に対して 不満に感じている という話だった。
話をよく聞いてみると、伝言ゲームでありがちな 情報の伝達経路に発生する誤謬によるもの。
行動の真の動機など全く関係ない外形だけを捉えて、ねじ曲がった状態で
その行動の意図を読み取られてしまっていた。
いろんな要因が絡み合っていた結果だったが、
そのギャップにその誤解を解いて説明する気力もなくなった。
(昨日の走りからくる倦怠感もあったからもしれないが)

 

経営者って 決して自分のためでなく、最終的に社員のためにどうしてもという思いでとった行動でも
全く逆に とられてしまうって 悲しいことだけど、 よくあることと言えばよくあること だと
自嘲しつつ 夜遅く一人残った会社を後にして帰路についた。

 

 

 

宅建試験 結果

2017年11月30日

恐る恐る 試験結果のサイトを覗いてみると・・・  ありました。自分の数字。

合格してみると、なんか当初思っていたより冷静。
受験1か月前の模擬試験(自分で時間作って図書館で静かに”一人受験)では、
正答率50%以下だったことを考えると、まあ 自分なりに追い込みはよくやったなとは思う。

今年は当社は 受験に沸いた一年だった。
2級建築施工受験からはじまり 締めくくりは来月の技術士口頭試験待ちが1人いる。
38名中9名が何等かの試験を受験していた。
やってみせ・・・はかの山本五十六の言葉だが、面目を保った形で 正直ほっとしている。
もう明日からラストの月、12月。
結構 上向きな雰囲気が社員の間に湧いてきていることを実感している。

前回のブログで書いた 自分の現在の経営の壁は 相変わらず 目の前に立っているが、
社員のみんなが 楽しく 明るく 声をかけあって仕事している光景を目にすると
なんだか 雰囲気的に 壁を越えられそうな 気がしてきている。

最近、座禅に取組んでいるのも 気持ちが落ち着いてきた理由かもしれない。

どうも、仕事の壁にぶつかっている。
土木事業において、先の戦略が定まらないから。
方向性は 「地域に本当に必要とされる会社になる」であり、
これは定まって動かない。

問題は、その方向性の具現化だ。
土木事業において継続的に経営を維持するためには、
受注を絶やさないことが不可欠である。
できれば、安定的且つ先行的な企業経営をしたいなら、
ある程度の規模の工事を不定期でも受注することが肝要である。
そのためには、目の前の工事を確実に受注していくことが経営者として求められる。
現在、公共工事は入札金額に加えて、工事点数(発注者が工事毎に評価する)や 技術提案
によって落札者が決定される。
だから、出来るだけ 金額を正確に、そして工事点数を高く、
技術提案をより評価されるように心血を注ぐことになる。
経営最高責任者は自分だから、大きく関与する。

目下のところ、業績の数字は悪くない。でも 何か 最近 その過程に空しさを覚えることがある。
その過程に 感動 は あるのか?
受注した仕事を通じて、社員が味わうやりがい、生き甲斐を感じているか?

 

ふと、自分の息子のことを思い出した。
彼は目下高校二年生で大学受験に対峙している。
相当な天才・俊才でない限り、合格するために数多くの過去問へ当たり、
膨大な情報量を頭に詰め込んで、受験に備える。
受験する大学の傾向に応じて対策を打つこともする。

受験勉強そのものの効用は、否定するつもりはない。
その取組みを通じて、それなりの教養も身に付くし、
精神的な修練の場としても有用だと思う。
しかし、彼らは、受験そのものに 生き甲斐は感じない。
それは 割り切れるから。
大学に入って、自分のやりたいこと(専門的な学問であったりも もちろんする)
が出来るから。

一方、今の公共土木工事においてはどうだろう?
次の受注確保のために、”受験そのものが仕事”になっていないだろうか?
本来、物を造る その過程にやりがい、生き甲斐を感じて 土木の世界に
入ってきた人がほとんどであるはずなのに、
なぜか 「高い点数をとること」が命題となり、そこを絶えず意識しながら仕事をしていく
環境に入っていく。
インターンシップで 中学生、高校生を受け入れて 学生を現場に案内するとき
彼が目を輝かせるのは 純粋に物を造る世界に引き込まれるときだ。
決して、高い点数をとって、周囲から評価されるところに魅力を感じるわけではない。
社員に 是非 うちの会社に入ることで やりがい、そして生き甲斐さえも
感じる体験を いっぱいして欲しい。 そう思っているのだが・・・
果たして、どれだけのフィールドを与えることが出来ているのだろう?
「経営の継続」を旗印にして、それを犠牲にしていないか?

自分が、そんなことを考えているときに 当社のある出来る社員から
「点数を意識しながらの工事は疲れた」 と こぼされた。

 

なんとも やりきれない気持ちに陥っていたときに、
全国各地から建設業経営者が集まる勉強会に参加した。
メンバーは 顔なじみがほとんど。
私の心境を吐露すると、その中の一人が
「内山さん、俺、そんなことで悩み続けていたら、
身体持たなくてとっくに死んでるよ。」
この会社、今や全国的に先進的な取り組みをしていることで有名で
業績も右肩上がりである。
そんな会社の社長の言葉だったので、意外であり
また説得力もあった。

 

そんな こんな ことを 考えているときに 目にしたテレビドラマ。
それが 「陸王」 だ。
完全に はまっている。
既に3回観ている。 本も買って読んだ。
本とドラマは 若干相違するところがあるが、
仕事 本来の やりがい、生き甲斐 を再認識してくれる場面に多く遭遇する。
銀行員と 経営者という 自分の立場と重なるところも 惹かれる一因かもしれない。

この陸王の 経営者・宮沢と同じように
自分の仕事に大きな夢を見て、
そしてその夢の実現の過程で一緒にやっている社員と震えるような”感動”を味わいたい。

経営を持続することも大事だが、もっと大事なことがあるような気がする。
本を読んで、そしてドラマを観て、
つくづくそう感じる。

本のくだりで 目にした文章が
「中小企業の経営者だろうと、大企業のサラリーマンだろうと、
何かに賭けないとならないときって必ずあるもんさ。
そうじゃなきゃ、仕事なんかつまらない。
そうじゃなきゃ、人生なんておもしろくない。
だから、人生の賭けにはそれなりの覚悟が必要なんだよ。
そして、全力を尽くす。
愚痴を言わず人のせいにせず、できることはすべてやる。
そして、結果は真摯に受け止める」

 

今 試されているのかも しれない。

 

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