建築・土木工事なら宮崎県日向市の株式会社内山建設

内山建設

社長ブログ

 

世間では 3月18日、19日、20日 と三連休だった。

そんな中、黙々と現場で仕事をしている当社の社員達がいた。
彼らの中には、一緒に遊んでもらいたい子供がいる者も複数いる。

発注のタイミングが原因で、後ろの工期が動かせない事情によりもの。
工事の特徴が原因で、どうしても早く終わらせる必要があるもの。

彼らだって 周囲の人が休みのときは 普通に休みをとりたいはずである。
申し訳ない という気持ちいっぱいで 現場に足運んでみると、
意外にも 特に若い社員は一様に 笑顔でこちらを見てくれていた。

彼らの気持ちが 浮かばれるように何とか したい。

いろんな 問題がある。
発注の環境を整えてあげること。
これは 1社だけの努力では 限界あり、
業界を取り巻く関係者に コンセンサスをとることが欠かせない。

 

kasen (1) suisin

 
下の社員は もともとは土木作業員。
彼は 今 建築の現場技術者(監督)になろうと 日々 新しいことに挑戦し
そこに喜びを感じている。

tou

 

若手の社員が この仕事が好き で 新しいことに携わり 新しいことを覚えることに
喜びを感じながら 向かっている姿には 本当に救われる思い。

 

なんとか して  せめて  喜びを 楽しみを 感じながら 当社の仕事に
向かい続けられるように できるだけのことは してやりたい。

この業界に働く人に対して もっと 理解を得られるように 取組んでいきたい。

誕生日を迎えて

2017年1月17日

鏡開きの日 111  数え50歳 つまり49回目の誕生日を迎えた。

その前日の夜、家で 今年一年肝に銘じたい言葉について書初めをしてみた。
IMG_2410

会社経営をさせてもらって一番私に必要なものだと最近痛感している言葉。
カネやモノのやりとりの前に まずそこを介する人と人のまっとうな「ふれあい」が
あってこそ、カネも モノも スムーズに流れていく。
小学生でもわかりそうな真理 を やっと理解できるようになってきたから。
あとは、この真理を いかに日々の生活の中で実行して体得していけるか。

すこしづつ すこしづつ  動き出している

年賀状に想う

2017年1月3日

年一回しか連絡を取り合わない人たちがいる。

逆を言えば、年1回は連絡を絶やすことなく関係を保っている人たちがいる。

その中で 前職の銀行員時代にご縁があった人も少なからずいる。
今年もその方々から賀状を頂いた。
ありきたりの印刷したままの賀状でなく、一言添えられている。
銀行員時代、私は3店舗を経験させてもらった。
最初は高松、そして大阪の心斎橋、最後が梅田(大阪)である。

高松では融資・外為課に所属したが、そこの部署の責任者である方とも
今でも年一回の年賀状で連絡を取り続けさせてもらっている。
この方は 決してエリートコースまっしぐらという感じでない出世欲のない上司だったが、
理論でなく経験とそこからくる勘による取引先を観る目は凄いものをもっていた人だった。
よく業務が終わると、近くの飲み屋に連れて行ってもらって御馳走になりながら、仕事のイロハを教えてもらった。
人生には巡り合わせというものがあると思う。
もし、社会人一年目にバリバリのエリート幹部が私の上司だったとしたら、今の私はなかったと断言できる。
当時思い返せば恥ずかしいことばかりで、相当甘えていた社会人だったと思うが、
大所高所から大きな視点で私を見ていていてくれたその上司。
その人が上司でなかったら、私は多分曲がった人生を歩んでいたことと思う。
大変感謝している。

心斎橋でも多くの優れた上司に巡り合えた。
中でも当時の支店長(二人)には大変可愛がってもらった。
二人とも素晴らしい支店長だったが、二人目の支店長は合併前に若くして役員になられた方だけあって厳しく
人によっては苦手とされた同僚もいたようだ。
高松から大阪の繁華街の支店に異動し当時の私はよく遊んだが、よくも寛大に見守ってもらったものだ。
同僚はみんな高学歴卒ばかりだったが、なぜか地方大学出の私に優しかった。

梅田支店。
ここは当時の銀行でその名を轟かせていた有名な営業マンがいた。
その方が私の課の責任者として着任されていた。
そして、その上司つまり支店長も部下に大変厳しいことで有名な方であった。
この二人とも年賀状のやりとりが今でも続いている。
高松支店の先述の上司とは真逆を行くお二人であったが、厳しい厳しいと言われていた割には
私はそんな印象を持っていない。
今でも当時の厳しい顔つきをしながも、優しい眼差しで「内山、お前は・・・」という声掛けをしてもらったときの
場面がセピア色の様相を呈してよみがえってくる。

 

当時は厳しかった方ばかりだったと思うが、なぜだろう・・・ みんな優しく ありがたいと思うのは。
そういえば、今日の日経新聞の私の履歴書がスタートしたカルロスゴーン氏の言葉に
『嫌いだった人には 「ああ、こんなに重要だった人だったのだ」と後で気付かさせることが多い。』
という一節が掲載されていた。
もしかしたら、いづの上司もそんなタイプの人だったのかもしれない。
組織のトップをあずかる立場になってからこそ、そう言えるのだろうが。

要所要所でご縁のあった上司、同僚 いずれが欠けても 今の私は無かったのだと、
賀状を手に取りながらつくづく思う次第である。

 

社員が新しい年に出社するときに、新鮮な気持ちになるかどうかは
1、玄関が綺麗であること
2、使用するトイレが綺麗であること
であるような気がする。

というわけで 本日 会社に行ってトイレ掃除をしてきました。

毎朝一斉清掃をしているので、トイレも掃除されているのだが
時間が限られているので隅々までは行き届かない点と
仕事納めの日も朝の掃除の後、使用後そのままで終わってしまっている点を考慮して
行ってきました。

30分くらいで終わるかな?と思って臨んだら、結局1時間半もかかってしまいました。
おかげで 全体的に光を放つほど綺麗になり、社員が清々しい気持ちで初出することが出来そうです。

toiret1 toiret2

新年あけましておめでとうございます。

新しい年平成29年がスタートいたしました。
今年の正月は、朝は冷え込みましたが、陽がさすにつれ風もなく穏やかな初春と
なりました。

当初は初日の出を見に行く予定ではなかったのですが、
愛犬が鳴いていたので もう初日は遅いだろうけど・・・と渋々週末出かける砂浜に出かけていくと
丁度初日のタイミングでした。

そのとき撮った写真がこれです。

%e5%86%99%e7%9c%9f-2017-01-01-7-20-52

拡大してみると分かると思いますが、 なんと ”末広がり”の扇形 をしています。
たまたまでしょうが、こういうのは気の持ちようなので、勝手にいい解釈して新年のスタートを切りたいと思います。

 

ちなみに 2枚目の写真は 太陽の周りに環状の輪が出来ています。
”光が拡がる”  こちらも 縁起のよい 写真です。

これまで初日を撮っても こんな感じの写真はなく、初めての絵です。

%e5%86%99%e7%9c%9f-2017-01-01-7-31-09

 

みなさまにおかれましても、よきスターとなる一年になるようご祈念申し上げます。

 

以前にも書いたが、このブログ 結構いろんな人が更新をチェックしていることが分かった。

「最近、更新していませんね」 「どうしたんですか?」と 予期しない人から声をかけられるから。

いろんな理由があるのだが、一番の理由は業績不振。
昨年度の公共工事のがた減り(都市部の皆さんは意外に思われるでしょうが、地方は本当に昨年度の公共予算は悲惨でした。本日の日経新聞でも建設業の業況天気は「晴れ」になっていたが、地方と都市部の乖離を改めて実感)で、受注激減。
私が社長を継いで13年目で初となる赤字計上となってしまった。

このところ好調だっただけに相当自分の中でショックで、
「受注産業は やはり経営に限界があるのかな・・・」と半ば自暴自棄的な精神状態になる手前まで
来ていた。
「地方にとって必要な会社となる」といくら声高に叫んでみたところで、経営が安定しないでの発言は
空虚な空事にしか聞こえない。

 

いろいろと 悶々とした気持ちが交錯している中で 9月に連載されていた日経新聞「私の履歴書」
の言葉に目が留まった。
あの吉野家に再生の息吹を吹きかけ、見事に大きく飛躍させた人物・安倍修二さんの言葉。
厳密には創業者・松田瑞穂さんの言葉であるらしい。
 「あった方が良い程度のものならない方が良い。
  変えることを考える前に、何を変えてはいけないかを考えろ」

この言葉は 二つのことを意味している。
「あった方が良い会社なら 存在しなくてよい。
無くてはならならい会社であるなら、存在を許される」
「何を変えなくてはならないか? なんていう程度の姿勢では生温い。
会社は常に変わり続けねばならない。変わり続けることが当たり前。
だから、当たり前でない 変えてはならないことだけを 注意すべし」

業績不振の原因は 外にあったのではない。
実は 内にこそ あった。
確かに よくよく考えてみれば このところ 好調な業績の下で
手を付けなくてはならない変化への対応の遅れが結果として出たまで。
比較的資金的に余裕がある今の段階でそこに気付いたことは 幸いだったとも言える。
今回の経験は 今後の私の経営を考える上で、間違いなく宝となっていくに違いないし、そうしなければいけない。
具体的に どうする という案が即浮かんだわけではないが、
気持ちとして 何かすっきりした。

 

 

勇気づけれた言葉と言えば あと一つ。
娘が最近 いつの間にか 机に下の紙を置いていた。

2016-09-11-16-44-39

 

新卒(高卒)の社員のこと。
最初の1週間は、会社事務所内で座学をしてもらった。
そして、現在は毎日1時間かけて遠方の現場に出向いてもらいOJTしている。
この間現場に行った際、お昼の休憩中に雑談を交わして、今現場で何をしているか聞いてみた。
案の定、測量の手元や作業の補助などに携わっていた。
自分にもサラリーマン時代に記憶にあるが、これらの仕事に向かい合っていると
その”つまらなさ”に 嫌気がさしていたものだ。
多分、学校を卒業をしたで 少し慣れてきたこの時期には、その気持ちは彼も強くなってきているはず。
そう察しながらも、こんな言葉をかけてみた。
「どんな仕事にも、必ず意味がある。その仕事・作業は、全体の仕事(この場合工事)の中で
どんな意味を持っているか。そこを考える癖はつけると、単にだらだらと言われるがままに体を動かす
のとは、あとで力の伸びしろが全く変わってくるよ」
つまらない仕事、作業でも、丁寧にやる姿勢は、必ず周囲は見ているものだし、
何より自分自身の大きな力になっていく
まだ社会人20年目ではあるが、これは経験として実感している。

 

 

最近、なぜ会社を経営するか? という問いに対して 従来のものに加えて、もう一つ答えを自分に見出している。
従来は、「社会に貢献するため。その社会に必要とされる価値を提供するため」が中軸。
そして、これに加えて 「縁あって一緒に働くことになった社員を、人として成長していってもらうため」が両軸として立つようになっている。
これって 決して上から目線(いわゆる教育者という目線)からの姿勢ではない。
私のレベルに近づくという低次元のものでなく、 もっと高い次元に向かって成長してもらうことを想定している。
つまり私を基準にするのでなく、その人の現水準を基準してさらに上に成長していってほしいという視点。
私という人を介して、各自が成長するきっかけを見つけてくれれば、という視点。
何かうまく言えないが、内山建設、エコロという会社に入って時間を費やす中で、社員一人が成長して、
伴侶や子供、近隣者により尊敬・愛される人になっていって欲しい  そんな気持ちだ。

そうすることで、その先になるお客さんにも より高い価値を提供できるようになる。
だから、「お客様を幸せにすること」が大事だが、「社員が幸せ」 が大前提なのだろう。

 

 

 

 

 

経営の目的と手段

2016年5月12日

当社の決算月は6月。
3月にはある程度まとまった工事を受注したものの、それまでの受注不振と
それまでに受注した工事の低生産性が響き、今期は厳しめの決算数字になりそうである。
このところ、ずっと堅調に業績が推移していただけに、最近まではそのトレンドのギャップ
にもがき苦しんでいた。突き詰めてみると、そのもがきは「周りの見る目」を意識していたからである。

最近、県外出張する機会が続いた中で、自分の中で明らかに ハッとさせられる出来事、言葉に
遭遇した。

1、お客様第一 は実は 社員第一が先
もちろん、社員の利益のために他の利益を犠牲にしろという姿勢を言っているのではない。
社会性を意識することは大前提として、まずは社員の幸せ、成長を考える。
社員が成長、幸せな気持ちになれれば、その社員の先にある取引先、お客さんも幸せな気分になる。

この言葉は以前も目にしたはある。
しかし、最近の経営のもがきの中で、知り合いの経営者に質問して返ってきて
この意味をすんなりと自分の中で消化できることができた。

やはり、「経験」は言葉を真に理解するのに必要な過程なのだ。

2、まずは自分を喜ばせること
社員が現場で頑張っている中で、社長である自分は贅沢をしてはいけない。
そうずっと思っていた。
でも、会社のトップである自分が喜んでいる状態であれば、その周囲で働く社員も
喜びが伝播していく。

3、成長は手段であって目的ではない  (伊那食品 塚越会長)
会社は何のために成長するのかその目的を明確にし、それに見合った成長率を実現する。
「急成長しても急降下をすれば多くの方に迷惑をおかけする。持続的な成長が最も重要」
これはトヨタ豊田章夫社長の言葉。

『成長が目的ではない』
この最も経営の基本的な考え方 を突き付けられて、はっとした。

なお、トヨタ社長は前段に「社長に就任して以来、多くの試練に直面してまいりました」と
綴っている。
嫌味でなく、むしろ弱い人間をさらけ出した正直な経営者である
「ヒットの数以上に多くの辛い悔しい思いの数がある」イチロー選手の言葉。
そんな社長が語っている言葉だけに、親近感そして重みを感じる。

4、人の行く裏に道あり花の山(千利休)
付和雷同することなく、独自の道を歩みなさい。

道は経営者として生きてきた証である
多くの本や人の話を聞き、失敗や成功を積み重ねた「あるべき道」を探す。
よく学び、そこから導き出した理念に基づいて、勇気をもって人の行かぬ道を歩める人

5、不安定な経営環境だからこそ、長期的な視点に立って
・急がず ゆっくり  末広がりに

6、この世に生き残るものは、強いものではない。頭のいいものでもない。変化に対応できる生き物だけ。

7、必要な人材は 時間をかけてでも 自分で育てるしかない
人柄、問題解決能力は 時間をかけてじっくり育てるしかない

「信汗不乱」
一生懸命流した汗を信ずれば心は乱れず、やがて道は開ける。
人づくりも まさに 信汗不乱 である。

8、経営者は

情報収集力  ネットワーク、第六感


胆力
足腰
腕力

 

 

何れの言葉も 最近の自分にとり印象的であったが、
強烈に残っているのは  1、3、4、7
社員第一、経営の目的、「道」は経営者として生きた証である、社員の教育は信汗不乱

少し気になっているのは(やや消化不良であるが、気になる)
経営者はまず自分を喜ばせること

成長は目的でない。
だから、数字自体が落ちたことに一喜一憂することは経営者としてやるべきことではない。
目的である 会社の成長(「公器」として)、社員の人ととしての成長 が
この一年でどうだったか?
そういう視点で眺めてみると、それなりに充実した年度であるように思う。

しっかりと 目的 が 高まっているか   気にしていきたい。
数字は 手段である。 目安にはなるが、あくまで参考。
大事なのは 目的がどう充実していっているか  である。
この視点を 肝に銘じておきたい。

 

先日5月7日(土)に日帰りで炊き出しボランティアに行ってきた。
全国の同業者の仲間が東北から九州まで各地から約30名が集まり、各々の地元産品を持ち寄り
炊き出しを行った。
女川からはホタテ、仙台からは牛タン、浜松はうなぎ、三重からは柿の葉寿司 など。

実は当初の呼びかけに、少し反応をしづらかった。
隣県である宮崎県でも震動があり、決して安心できる状況ではなかったこと。
そして、どこかボランティアという響きが独り歩きして、活動する当事者がその響きに酔っていて
本来の無私の心で地道に奉仕する精神が忘れ去られている気がしていたからである。

あの東北のときは、少し自分の中では違っていた。
まだ福島原発の影響が懸念されている中、敢えて東北の地に足を運ぶことに
遠慮がある雰囲気が国内に感じられ観光地は閑散となっており、
自分の目で惨状を見ることで「明日はわが地(津波災害の危険性という点で)」
という備えの姿勢があったから。
だから、社員を連れての ボランティア そして宿泊旅行に拘った。

しかし最終的に、「先入観の弊害」もあると思い、気持ちを引きずりながらも
若手中心5名で向かった。

結果としては、局地的な奉仕 という面はやはりぬぐえなかったが、
社員が「大変忙しかったけど、あんなに喜んでもらえるなんて・・・」と
口に出していたのを聞いて、それだけでも大変意義がある活動だったと感じた。
若手の社員は 「自分のした活動で、相手が喜んでくれる」という体験を
そう経験できる機会が少ない。
今回ボランティアといっても、彼らにとっては一応社長からの指示で動いている”仕事”の一環。
その活動で 相手が喜ぶ体験を得たことは 貴重であった。

局地的でも  その地に自分たちが出向いたことで喜んでくれた人がいる。
そういえば かつて東北に地元の踊り「日向ひょっとこ踊り」で元気を届けに行った活動も
局地的な活動であったが 同じように 自分たちが行ったことで 震災以来初めて笑ってくれた
人がでてくれた。

今回の活動の 意味 影響については  今後 時間をかけて自分なりに検証をしていきたい。
そう感じる出来事ではあった。

 

2016-05-07 08.48.29 2016-05-07 09.57.11 2016-05-07 11.27.16 2016-05-07 11.36.07 2016-05-07 12.26.29 2016-05-07 14.12.15

知人に指摘されて

2016年4月20日

先日、知人から「内山さん、ブログ楽しみにしているのに、ずっと更新されていないですね」

と 言われた。
彼によると、毎日更新をチェックしているらしい。
実は、同じ話を別の方からも聞いた。

月一回くらいは更新しているつもりだったが、なんと年明けから そのままになっていた。

では、とにかく 何か更新しておこうと思って、本日PCに向かった。
ネタは二つ。

 

 

 

一つは会社の移転に伴う話。
今週月曜日に市街地近くに移転してきた。
3年ぶりくらいに市内に戻ってきてつくづく感じることは、その便利さ。
以前は市内で用件を済ませて会社に戻ると、もうその日は市内で用件を改めてやることは
かなり時間的に厳しかった。
しかし、今は気軽に会社にもどり、そして気軽に市内の取引先他へ足を伸ばせる。
さて、そんな便利さをもたらせてくれた移転なのだが、肝心の「災害対応としての拠点」としては
残念ながらマイナス効果となっている(標高が80m →3m になったから)。
だから、倉庫機能は前の敷地に残してきたし、今回の新事務所はあくまで「仮」の拠点。
借家であり、然るべき標高があり且つ広さがあり、都市計画法の縛りがない(建築制限がない)場所が
見つかれば そこを正式な本拠地して構える予定。
書きたいのはここからで・・・ 新事務所の清掃の話。
前の賃借人からバタバタと引き継いだため、建物内の清掃がままならない状態で入居した。
よって、何かと中途半端な状態で新しいスタートを切った。
気になるのは清掃状態。
階段のチリやガラス戸の汚れがどうも気になる。
朝礼で、「足元のゴミや 視線に入る窓の汚れが気にならない、そして視界に入っても
それを清掃・整頓しない感覚で仕事をしていたら、一事が万事でいい仕事が出来ない」
と訓話してみた。
朝礼後、少し動きが変わるかと・・・・動きを見ていたら  ・・・・そのまま。
「暗いと不平を言うよりも、進んで明りをつけましょう」
以前とある朝のテレビ番組でよく耳にした言葉だ。
とにかく、一人 黙々と ガラス拭き そして床の雑巾がけをやってみた。
ちょうど本日面接をする予定があって、玄関口で雑巾がけを社長一人がやっているのを見られてしまった。
なんという会社だろうと思われたかな。
仕方ない。これが 今の実態。
いろんな解釈ができる一場面であっただろう。
社員が きれいになった床そして窓ガラスに気付いて  少しでも 動き始めてくれたら それで よし。

 

 

 

次に二つ目の話題。
本日4月20日は 私たち夫婦の結婚記念日。
私は19年目だと思っていたら、妻から20年目 と諭される。
区切りがいいから何か 美味しい食事でも・・・と思っていたけど、なかなかタイミング合わず。
ちょっと飲みやすそうな白ワインを買って 二人だけの食卓テーブルで乾杯をした。
そこそこ”不満”もあるが、なんだかんだいって やはり 一番頼れる身内で 感情を共有できる相方なのである・・・

1 2 3 4 5 6 7 8 40
        

このサイトのトップへ

© 2019 建築・土木工事なら宮崎県日向市の株式会社内山建設. All rights reserved.