建築・土木工事なら宮崎県日向市の株式会社内山建設

内山建設

社長ブログ

 
 1月2日の最終回放送で 印象に残った言葉。
(いずれも明確にセリフを覚えていないので、意訳です。ご了承ください)

 

 

  米の生産で生計を立てている殿村さんのお父さんの言葉
  「いい人と仕事が出来てよかったじゃないか!」
  そして殿村さん
  「あの社長がいたから、佃製作所があったから 今の自分がいるんだ」
  
  →これこそ 経営者である私が 求めるべき社長像である。
   最近、そうほんとに思う。

 

 

  ライバル企業に自社製品のキーとなる特許技術を供与することになる件(くだり)で
  「俺たちの目標は 農業を救うことだったよな
   (ライバルを倒すということを目的とせず、
   農業する人のために何か役立てることを目標とする)。
   そんな考え方は人が好過ぎる と言われるかもしれない。
   でも、それでいいじゃないか!
   それこそが中小企業が中小企業たる存在価値なのだから」

 

 

  → 中小企業は 業績を伸ばす ということより 大事なことがある  
   そういうことを このドラマは 改めて教えてくれた。 そんな気がする。

   上場している会社に対しても 
   こういう視点で経営している会社に投資が集まってくる世の中になると
   いいなと 思います。

    

    
 
   上場会社といえば
   昨年、ある元上場企業経営者と食事する機会があった。
   この方、その会社をV字回復させた実力者。
   そんな方が、「下町ロケット今なぜ受けているかわかるか?
   数字でない 作ることの喜びを社員と一緒に共有できることこそが
   経営の醍醐味であることを 再確認させてくれるからだよ」
   と ポツリとおっしゃった。

   

    
 

   池井戸潤さんには いつか 建設会社に勤める主人公の小説も書いてもらいたいな 
   と密かに思っている私です。
   池井戸さんは 私が合併する前の東京三菱UFJ銀行の旧三和銀行の梅田支店に勤務しているときに、
   確か旧三菱銀行の梅田支店で勤務されていたようで(違ってたらごめんなさい)、
   なんとなく 勝手に親近感を持っています ^^;

新年ご挨拶

2019年1月1日

新年明けまして おめでとうございます

皆さまにとり、今年一年がよき一年となりますよう
心よりご祈念申し上げます。

 

 

さて、今年はどんな年になるのでしょうか?
私の感覚では、世界情勢はかなり難しい時代にまた入り始めたという
感じがしています。
今や日本も世界の流れの影響を無視することは出来ません。
平成は歴史上国内で全く戦争がなかった素晴らしい時代でしたが、
この世界情勢を俯瞰するとこれからの時代は決して楽観できる
状況にはないと言わざる得ません。

 

 

自分は政治家ではありませんので
戦争反対の主張を旗頭にして毎日歩き回ることは出来ません。
では、一経営者として そんな時代に何をすべきか、出来るのか?
今の国際情勢が混沌としてきている背景には、
お金が価値判断の基軸になっていることにも大きな要因があるように思えます。
経営者は利潤を上げて事業を継続発展させることが重要な任務ですが、
ただ利潤を上げることを第一の目的としていくことは
どうも違うな?と最近強く感じるようになっています。

 

最近 カンボジアから娘が帰ってきました。
不用になった制服と絵本を現地の子供達に届けるプログラムに
参加していたのですが、
彼女から聞いた話の中で特に印象的だったのが
「子供達は貧しい生活をしているんだけど、
みんな元気なの」
という言葉でした。

 

 

こんなことを考え、身の回りで起こっていることを鑑みると、
『自分の一番身近な共同体である会社から
利益第一主義、お金第一主義という価値基準を大きく変え
お金でない”豊かさ”を享受することを目的とするような社会情勢に
小さな波動を拡げていく。』
これを会社経営の目的にしていけたらいいな、と新年を迎え感じているところです。

 

 

関連する話となりますが、昨年末の弊社の忘年会で 若手より心に残る言葉を聞くことができました。
一つは 鍼灸師をしていた若手社員。
これはもう周囲の社員には周知の事実になっているので
ネットで公開していいかと思いますが、
彼は昨年4月入社した新入社員ですが、この2月で退職して また鍼灸師としての仕事に復帰することに
なりました。
では、ベテランになる前に退職することは 当社にとり ムダだったのか?
まだ一人前になるまでは、収益上の観点からすると会社はいわばその社員に”投資”をすることになります。
彼は建設現場に従事することを通して、
やはり 自分には 鍼灸師としての道が一番である と気付かされた
ということでした。
また、建設業で働く素晴らしさ、楽しさを体感し
番線締め方など実務に役立つ技能も身についた とも言っていました。
当社は 建設業で働く素晴らしさを一人確実に伝え、
そして一人の人生に有意義な場を提供できたことになります。
収益上の観点からすると”損失”ですが、
一方で 人を一人の人間として育てる、
また建設業界に対するファンを一人でも多く増やす、
という観点においては ”成功”だったと思っています。
「現場のみんなが疲れているときは、
現場に出向いてサービスで治療し 楽にしてあげたい」
と嬉しいことも言ってくれました。

もう一つは 別の若手社員の話です。
彼は3年前に入社しました。
彼曰く
「周りから、今の会社に入って 考え方が変わった。
そしてすごく楽しそうにしていると 最近言われるんですよ」
とのこと。

いずれも 当社で働くことを通じて 彼らの生活が”豊か”になった
証であります。

 

 

 

 

 

会社の業績を上げたり、それを通じて 給料を上げたりすることは
大事なことではありますが、
それよりも もっと大事な使命が会社にはある、と感じ始めています。
そして そんな経営を通じて 上述したように
周囲の社会に微波を送り 素晴らしい世の中になっていくことに貢献する。
こんなことが出来たらいいなと願いつつ、新年の挨拶とさせていただきます。

 

先月末に非常勤講師を今年から勤めている高等専門学校の専攻科の生徒の
レポートの採点をしなければいけなかった。

人を評価する、それも前途有望な若い人が直筆で書いた貴重な ”作品(レポート)”
を 採点するなんて  思うと どうも気が引けて仕方なかった。
でも、一律に評価するわけにはいかず、 それなりの基準をもって 高低をつけさせてもらった。

どの生徒も 起承転結がしっかりしていて、さすが高専の専攻科の学生だなと感心したが、
読んでいてキレイすぎて心に響いてこないレポートが少なからずあった。
どうしてだろうと精読してみると、どうも どこかからの論文を引用(いわゆるコピペ)
して仕上げているようだった。

 

そんな中、たまたまふと飛び込んできた情報が、
白洲次郎の学生のときの逸話。
彼がイギリスの大学に留学しているときの話。
自分では完璧なレポートだと思って提出した結果が、燦燦たるものであったらしい。
理由を先生に尋ねると「自分の意見が入っていない」ということだったとのこと。
次郎は次回から意識して 自分の考えをきちんと持つことの大切さを学び、
その後周知の偉業を日本で残すことになる。

 

 

縁あって私の講義を受けることになった学生に対し、
この「自分の意見、考えを持つ」ことの大切さを知ってもらいたいという気持ちで
その「自分の意見が基調となっているか?」を大きな基準に取り入れて
採点を試みることにした。
きれいな文章、論理構成になっていたレポートでも 申し訳ないが及第ギリギリの点数を
付けてしまった学生もいる。
その学生はもともとは頭は優秀だと察したので、
今回の私の添削の言葉をきっかけに 白洲次郎みたいにその後大きく飛躍してもらえばと
願ってやまない。

 

 

 

 

話は変わるが先日、宮崎県安全衛生優良事業場表彰を頂いた。

特段、ロビー活動して表彰授与をお願いしたわけでもないのに
関係団体から授賞の連絡を受けた。

弊社はこれまで このブログでも記載しているが、2名の殉職者を出している(内JVでの下請け会社の社員の方含む)。
そんな会社が頂いていいのか? というのが率直な感想。
授賞される理由が思い当たらないのである。

他社と比べて目を引くような特別な取り組みをしているとは思わない。
毎年開催する安全大会では 必ずこの2名の方の存在に触れ
再発防止にかける代表者としての思いを語り、再発防止を強く呼びかけている。
そして ことあるごとに 二度と殉職者を出してはならないと訴え、
現場でも 直接私から安全面で指示を出すことがある。
その姿勢なのだろうか??

 

ちなみに  先月末に 建設業協会の慰霊碑にいつものように焼香しようと足を運ぶと、
立派な花束が手向けてあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どなたか 労災で尊い命を亡くされた親族の方が参拝されたのだろう。
協会の役員を仰せつかっている身としても
改めて 労災死亡事故撲滅 に向け  強い気持ちを持った。

 

 

合掌

 

 

 

 

 

 

 

 

 

人それぞれにはこの世での役割があると、ものの本で時折目にする。
果たして、自分の役割は何なんだろう?とふと思うことがある。
全く異なる業界から建設業界に入り、時には第三者の視点から異端児ともいえる行動をして、風を起こしたりした。
ネット上で現場の進捗を公開始めたことなどがそれ。
また、発注者にも 結構若いながらも はっきりと筋論を通したりした。
営業的にみると、この手法はたまに大きなマイナスに働くことがある。
それは、そうだ。行政はその判断にある程度裁量が委ねられているから。
それくらいはバカな私でもわかるのだが、そのやり方、生き方について
変えてこなかった。

正しいことを言うときほど、言い方に気を付けなければならないという。
自分ははっきり言って不器用な方なので、ストレートな言い方をついしてしまう。
(この点は大いに反省すべき点であり、改めなければならない。)

どう頑張っても こちらが筋が通っていても 結果は変わらない、
むしろ逆に印象を悪くして、その後の現場対応が悪くなっていくことが少なからずある。
それがわかっていも敢えてその姿勢を変えずに真正面からぶつかっていくことをする。
現場が出来る社員の中には、そんな姿勢を敬遠する者もいる。
「現場がスムーズにいくことを優先すべきだ。
相手(発注者)の気を悪くすれば、どうせ結果も変わらないのだし、
いいことは何もない」という。
やがて、そんな経営者に愛想をつかして会社を去っていく者もいる。
それでも 私はあえて 突き進む選択をとる。

それはなぜか?
自分のこの業界に入った志が
「閉鎖的な(だった~当時はもっと)業界を、多くの市民に受入れられる業界に変えたい」
「最終ユーザーにとって、本当に喜ばれる経営をしたい」
だったから。
いってみれば、これが 自分の今 建設業界で経営者をしている”役割”ということになるのだろうか。

1地方の小企業の経営者 対 相手は大きな組織。
そこに 真正面から向かっていく。
でも、その行動の中心にあるのは 「発展ある業界のために」という業界”愛”。
そんな姿勢だからどうか?
温かい目で 応援してくれる方もいる。
組織の中で頂点付近におられる(た)方 にも
少なからずいてくれたりする。
何でなんだろう。別に特別媚びを打っているわけでもない。
だから、 なおさら この業界のために 敢えて・・・となる。

会社を 大きくしていく  より 儲かるようにしていく  という思いは
自分にとっては さほど重要なテーマではない。
あくまで それは結果。

 

 

社員は本当に大変だろうな。
会社は何のためにあるか?
社員の幸福のため、社員のやりがいの実現のため。
確かにそう。
でも、どうも 経営者の志の実現のため、役割の具現化のため
という側面が より大きいのかもしれない。
一番いいのは、経営者の志に 社員が共感してくれ
その実現の過程において 各社員が いきがい、やりがい、喜びを
感じてくれること。

 

今 少子化で この建設業界は 人集めに大変苦労している。
表面的な満足感でなく 真に従事して満足を得られる業界にするためにも
これからも 今の姿勢を貫いていくことになるのだろうか。
以前は もっと逆風が吹いていたが、
齢を重ねたせいか 風当りも やや微風程度しか感じなくなってきた。
(風のよけ方も それなりに身についてきたから?)

 

建設業経営をしながら まちづくりにエネルギーを注ぎ 風を起こし
農林業関連の事業にも従事するようになっている。
自分は 50歳になり これからあと10~15年、
どういう役割をこの社会で果たしていけばいいのだろうか?
最近 いろいろとあった出来事を振り返りながら
この連休中に 思いを巡らせていた。

ありがたい社員

2018年8月15日

昨年亡くなった会社OBの初盆参りに行ってきた。
この方は夫婦で作業員として働いてくれていた。
線香を傾けた後、奥さんとしばらく談笑していたが、
何度も「働いていたとき、楽しかった~。今でも体が若かったら、現場に行きたい。
たまに、あの現場での様子が夢に出てくる。
主人と生前に、よく当時の現場のことを楽しい思い出として話をしていたんですよ」
と話ししてくれた。

このご夫婦は私が入社するときはまだご活躍中で、社長になる前に高齢のため退職をされた。
古き良き時代といえばそれまでだが、確かに当時と比べると業界を取り巻く経営環境は厳しくなったとはいえ、
私が社長になってから 現場でこのご夫婦が働いていた楽しい雰囲気をどれだけ演出出来ているか?
反省をしつつ帰路についた。

こういう社員の方の存在が今の礎になっていると感謝しながら。

若い力

2018年7月29日

最近、当社の若手が燃えている。
自主的な勉強会の実施
入社1年目~5年目の若手を中心に測量技術について、昨日休日返上で自主的な勉強会に参加していた。
ベテラン部長が講師を勤め、みっちり午前・午後の座学、そして実技。
生々しい失敗事例も交えていたようで、ちょっと覗きに行ったら、誰一人居眠りすることなく
講師の話に聴き入っている様子だった。

 

 

 

 

 

 

 

地元の祭りへの参加
地元日向市の代表的な祭りで、今や全国からも参加者が来る「日向ひょっとこ祭り」。
ここに昨年から当社も参加している。
きっかけは若手からの呼びかけ。
昨年は7名。今年は新人3人も加わり13名。
平日仕事が終わってから、会社事務所に集まり自主練習をしている。
凄いな~

 

 

 

 

 

 

 

 

 

昨日は いよいよ来週末にせまった祭り本番に向けて景気付けに
勉強会、練習が終わり 「こぶし固め」会。
建築でお世話になっているお客さんのお店で食事。
若手から どしどし意見が私に飛んできました。
別に壁を作っているわけは全くないけど、
やはり こんな私でも ”社長の威厳”があるのでしょうか????
(社内にソフトボール部を作りたい!!との予想外の意見もあり、
酒に酔った勢いで OK! と即答しましたが・・・
本当にやるのかな・・・  ま、言ってしまったから やるなら応援はします)
そして、街へ11名二次会に繰り出していきました。
二次会のお店のママさんから
「若い方は元気があって、活気のある会社なんだな~って感じました」
と翌日来店のお礼のメールが。。。
相当 盛り上がっていたので、周囲を意識して一応2時間で切り上げたのですが、
やはり 迷惑 本当はかけていましたよね・・・ (^-^;
ママさん ゴメンナサイ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

経営していると いろいろと 相変わらずありますが、
確実に 上向いて いっているのだと  感じています。

 

徳川家康公 の言葉

2018年6月15日

どこか忘れたが  お客さんの会社でふと目にした徳川家康公の言葉。

人の一生は重荷を負って遠き道を行くが如し。
急ぐべからず。不自由を常と思えば不足なし。
心に望み起こらば困窮したる時を思ひ出すべし。
堪忍は無事長久の基。
怒りは敵と思へ。
勝事ばかり知りて、負くる事を知らざれば、害その身に至る。
己を責めて人を責むるな。及ばざるは過ぎたるより勝れり

 

 

万端の準備をして 天下とりを果たし、その後260年余も間 徳川時代の礎を
築いた人の言葉。

 

あの人でさえ  こんな境地でいたのか?
特に強烈に ガツンと頭を叩かれたのが、「不自由を常と思えば不足なし」 の言葉である。

当社の決算月は6月。つまり今月。
7月から新しい事業年度のスタートとなる。

 

毎年年度当初にその年度の事業計画書を作成してスタートしている。
この作成には幹部を関わらせている。
当該年度の反省、そして当社の社内経営資源の検証、社外の経営環境の分析を通して
会社としてどういう方向性を向いて、どう具体的に動いていくかを検討する。

 

 

 

今回は 昨年度と比べて違った点がいくつかある。
1、まずは参加する幹部のメンバー。
統括する部長、総務など ほとんどの幹部のメンバーが変わり(いろんな理由があって)、
また従来のメンバーや 客観的な意見が言える若手も加えている。
2、経営資源の検証を従来は各部署毎だけで行わせていたのを、今回は横断的に行おうとしている。
3、トップである私の心構え
50歳になり もう悠長な経営は許されないという危機感を持ちながら
一方で少々のロスが発生してもいいので、やらせてみようという許容の視点を持たせている。
4、検討する材料
これまで退職した社員を並べてみて、その理由をメンバー全員で検証してみる。
途中で辞めていった社員は、それなりに彼らに言い分がある。
それを改めて検証し、会社側の問題は次に活かしていこうという試み。
私なりに言い分があるが、メンバーなりの忌憚ない意見を言わせてみた。

 

前回の打合せでは、従来にない意見が出てきたのは新鮮だった。
それは 「社長の現在の仕事をいかに減らすか、これが今後の会社発展には不可欠である」
という意見だった。 それも参加者が 口をそろえての意見だった。

 

ありがたい社員からの意見であるが、
現在の仕事で社員が代替できる仕事は多いに移譲していきたい。
しかし、だからといってその空いた時間をプライベートで悠々自適と過ごす というわけにはいかない。
社長には 社長のやるべき仕事は山のようにある。
どんどん 次のやるべきことに挑戦、時間を使っていきたい。

 

話は 飛んでしまうが
昨年度の宅建に続いて今年も別の資格試験に挑戦しようとしている。
昨年度以上に なかなか勉強の時間が取れない。
(まとまった時間がとれるのが、朝と 休日。
ただ休日は 何かと社内管理書類のとりまとめなどで半分は仕事に費やされている。
この日曜日も顧客からの問い合わせがあり、その対応でいそいそと会社に来てしまっている)
致命的なことは、明らかに自分の記憶力は低減している事実だ。
以前は一度目にした内容は だいたい1回で頭に入っていたが、
今は2回目にしても ほとんど記憶に残っていない。
もう記憶力が追い付かなくなっている現状を踏まえて、このあたりで諦めの覚悟(受験の)を
持った方がいいのではないか? という気持ちと
いや目の前の難事を逃げてないけないという気持ちと 交錯しながら ・・・・
いろんな知人から 「最近、ブログの更新がないね。。。」と言われていたので
一人会社でPCに向かう自分である。

 

 

 

とにかく
人の生き方として 「完全な状態」  とはなんだろう?
過ちを一切犯さない そして誰にも寛容で 無私の精神で平常でいられる境地  つまり神様になる ということだとすれば
人は死ぬ瞬間でも 中途半端な状態であると思う。

ならば 死ぬ瞬間まで いろんな歩み方があるにしても 中途半端ながらも 人として成長し続ける人生でありたいと思う。

 

受験の時間確保のみならず、 これからの大きく経営をステップアップしていくための時間の確保
(そのためには従来のことに費やしていた時間をカットして余白の時間を作る必要がある)
このためには

「社長の今やっている仕事をいかに減らすか」  これが 確かに必要であろう。

会社の中核にいる人達が 同じ意見を持っている。

新たな脱皮の時期に来ているのかもしれない。

新入社員 訓示

2018年4月4日

 

4月2日(月)から当社に新入社員が3名入社した。学校卒業しての入社組が2名、他産業(鍼灸師)からの転職組が1名である。
入社式を会議室で執り行ったが、そこで社長訓示を行った。

社会人とは、などの話を行ったが
一番言いたかったのは 以下の二つ。

 

 

1、社会で働いていると、必ず理不尽なことぶつかる

 

 

「 自分でどう考えても、それはおかしいだろう」ということを
言われたり、またせざるをえないことが少なからずある。
それは社内であったり、社外であったりいろいろ。
そこで、どういう行動をとるか、どういう気持ちで向かい合うか それが大事である。
「それはおかしいから、やらない」という姿勢を貫けば、通常の社会では仕事はできない。
だからといって、おかしいけど「そういうもんだ。仕方ない」と流されっぱなしでもいけない。

 

 

2、未来は自分の中にある

 

 

これは奈良薬師寺の和尚・大谷徹奘氏の言葉である。
以前日向市に来られたときに、頂いたもの。
当社の階段の踊り場の棚に掲げさせてもらっている。

自分の社会人としての終わり、もっと言えば人生としての終わりに
自分が納得した素晴らしいものだったと言えるものにするか、否か
それは、その人がどう考え 行動し続けたか にある。

 

 

 

また、上述の1と少しだぶるところもあるが、嫌なことがあったときに
どういう気持ちでそれに向き合うか、その後どういう行動とるか次第で、
その後の社会人生は大きく変わる。
それは、その人の心の中次第。
えてして、特に新人は 仕事がうまくいかない、仕事が面白くないと感じると
それを人のせいにしがちである。

ちなみに 似たような私の好きな言葉は、
パーソナルコンピュータの祖と言われているアラン・ケイの
「未来を予見する最大の近道は、未来を自ら創造することである」 だ。
彼らにとり、当社で目にすること全てが 「社会とはこういうものだ」 という目で映る。
その組織のトップである私自身 大いにその自覚をして 彼らと接していきたい。

 

これって  経営者 なら 一度は経験する出来事ではないだろうか?
と思っていたら、 もしかしたら 自分にスキがあるから真正面からぶつけてくる
のではないか? とふと感じたりした。
バリバリのカリスマ性の高い経営者なら、とても 怖くて 不満をぶつける なんていう
行動に出る気がしないだろうから。
この種の経営者の場合、 裸の王様 になる危険性があるというマイナス面がある。
一方、自分の突き進む信念に対して心を乱す外野の声が入らず、
まっすぐに経営を貫ける環境を自ら作り出せるというプラス面もある。

経営者にとって 裸の王様になって 最終的に大きな落とし穴に入ってしまうリスクより、
強い外圧からの声により経営行動指針に対して不安に駆られてそのスピードが落ちてしまうリスクの方が
会社を強くする、拡充するには 影響が大きい、 そう今は感じている。

もちろん、最終的に落とし穴に入ることは回避すべきであるので、
そのためには社員からの声が届きやすい環境を整備する必要はあると思う。
ダイレクトにメール等で受け付ける という手法もあるが、
これは 功罪も併せ持つ可能性があるように思える。

 

こんなことを考えていると・・・ ある取引先の専務から 次のような言葉が漏れてきた
(別に当社のことを口に出して相談したわけではないが、たまたま別件の話ででてきた
のが面白い)。

『ある会社の役員は 社員から上がってくる書類に 細かくコメントを書いて返している。
そして、現場で社員にこまめに声掛けして気遣いをしている。
だから、その会社では「あの役員Aさんがいるから・・・」という社員が多い。
そういう役員の存在が大きい。
しかし、そういうタイプの役員は社長にはなれないんだよね』
なるほど言いえて妙だと 感じた。

ある社長さんから ブログで60歳で一つの区切りなんて書くな! とアドバイス頂いた。
もちろん、本当に60で経営者を終えるとなると社員の士気に影響するだろうが、
ズルズル社長をやるという前提だと 自分に対してプレッシャーがなくなる。
敢えて 60歳を一つのメルクマーク(指標)として経営者としての人生設計を立てる意義はあるように思う。
あと10年×12か月×31日=3,720日  今日 成り行きで流されて過ごすと 貴重な3720日の1日が失われる。

 

今、僕の自宅のPCの前には 4冊の本が置かれている。
最近読んだ本だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

自分に残されている時間は 永遠ではない。

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