2008年9月アーカイブ
知り合いから 「内山さん、昼もゆっくり食事する時間も無いのですね」
と電話を受けた。
「??」 なんで突然そんなことを言うのかわからなかったが、よく聞くと
私が運転しながら大きな口を開けておにぎりを頬張っていた光景を、
対向車に乗っていて見ていたようだった。
確かに、お昼はよく車の中で済ます。
あちこち移動することが多く(この間定期点検を受けたら6ヵ月で25千km走っていた)、
日中の時間を昼食で滞留させておくのが、もったいないと感じるから。
私は自分でさほど能力が高くない人間でないことは自覚しているつもり。
その与えられた環境の中で、いかに効果を上げていくか?
それには人間力を鍛えるしかない。
人間力とは、ストレートな感性と一生懸命さに比例するのではないか、と思っている。
必ずしも直結するわけでないが、一生懸命に動いていると、周囲が呼応し
そしてその反応を見て自分の至らなさを自覚し、改めるように努力しする。
ストレートな感性があると、至らなさを自覚しやすくなる。
そのためには自分の目で事象を確かめることも大切である。
話を戻すが、意識しないで食事をするのは、食べ物に申し訳ないので
夜はできるだけ有難味を意識して食事をするようにしている。
ところで、今この時間でも 工事部の部屋の灯りがついている。
来週に完成検査があるからだ。
総勢4名かかりでやっている。
今まで、書類作成を怠っていたつけか?というと、むしろその逆で、
毎日遅くまで担当は書類整理をこなしていた。
仕事は極めて優秀な人間だ。
それでも、この状態。
国は提出書類の簡素化に動き出したが、できるだけその動きを加速して欲しい。
そうでないと、益々優秀な技術者の建設業離れが加速していく。
雨足が 強くなってきた。
朝から、早速昨日の崩土箇所へ何名か作業に出掛けて行った。
風はそう心配ないだろうが、雨が心配。
パトロールの委託を受けている道路、そして民間のお取引先の工場、
今まで建築した戸建ての住宅等 それぞれに万一の場合に備えて
動ける体制は構えた。
当社の人員だけでは、対応は限界がある。
そこで、心強いのが、協力会社の存在だ。
日頃、厳しい単価、工期の中で協力いただいているが、
どの会社もこういうときに二つ返事で協力を応諾してくれた。
多分、私の存在でなく、第一線で接している現場代理人の気持ちに呼応
してくれているのだと思う。
日頃は、いろいろと厳しいことを言っているが、
やはり社員の気持ちに感謝をしたい。
今年に入って、台風らしい台風が始めて接近している。
雨足が強くなり、今夜8時過ぎに県よりパトロールの委託を受け持っている
路線で崩土があり、その除去作業で当社の社員が何名か出てくれた。
社員30名のうち、作業職員が10名近くいる。
今のような受注が不安定な時代には、固定費に直結する作業職員を
雇用維持するのは、収益上ではあまりよろしくない。
それでも、私が拘るのは、「なんのために、会社があるのか?」という
問いにある。
それは、「建設業の固有の価値を通して、社会貢献したい」から。
彼らは、よく動いてくれる。今夜も、たぶん食事が終ってゆっくりしていた
時間に、連絡が入ったはずだ。
現場に行って、崩土した道路の土砂を、人力で行ってくれた。
すばやい対応だったと自負したいところだが、何より
その道路を利用する一般市民の方は喜んでくれたはずだ。
その除去作業に遭遇していないと、その作業があったことは
多分察することなく、何気なく通過するであろう。
その”何もなかったかのうに”利用してくれる、ことこそ
我々の存在価値があるのだ。
ちょっと話が飛ぶが、当社では毎朝1分間スピーチ というのを
やっている。現場に行っていない社員は全員朝礼に参加するが、
そこで毎朝一人がスピーチを行う。
本日の話で
「道路の舗装補修工事を行っていました。
少しでも通行に支障をきたすといけないので、片側通行ができるように
して工事をしました。
施工中に、猛スピードで工事個所を通過する車があり、その車は
通過後に ”お前らは、きちんと通行者に配慮してんのか!!”
と怒鳴られました。
正直、しばらくの間、落ち込んでいました」
という話がでた。
逆風が続くこの建設業界にあり、
非常識な利用者に対して凛として 意見できるような
そんな会社でもありたい。
当たり前だが、なかなか シナリオ通りには 事は運ばないものである。
営業面で、これと これと これは この時期に・・・ というシナリオを描く。
そして、それを確実にするため、公開されているあらゆる情報を基に、
対策を打っていく。
かなり周到な準備で臨んだつもりでも、蓋を開けたら まったく予想外の展開
になってしまうことが往々にしてある。
ただ、こうも言える。
一生懸命、頭と体を使い、汗をかき、そして時間をかけたことで、
後に残った資産は、次に活かす貴重なものとなる。
データにせよ、人脈にせよ。
今、論理的思考が崇拝され、そしてその思考こそビジネスで成功する鍵だと
いう流れが加速している。
そういう時代にあっても、私は 折にふれ ”神(上)”の存在を意識する。
(若い時の自分では、考えらなかった思考回路だけど)。
一生懸命やっていたら、そして その行動の規範に ”世のためのなることをする”という
ことを据えていたら、 必ず うまくいく。
つまり、自分の描いたシナリオ通りにならなくても、その過程、そして見据える方向が
お天道様に通じれば、それが結果的にはうまくいく。
今回あることでシナリオを描き、進めてきたが、残念ながら完遂できなかった。
もし、取り組みが一生懸命であり、進め方が問題なければ 今回の不成功は 結果として成功につながる。
とにかく、一生懸命 やることだ。
そうすれば、必ず誰かが見えないところで助けてくれる。
一生懸命で思い出した。
私は、必死に走り続け、その余波で疲れ切った頭の状態で、このブログを書くことがある
(本日のそのような状態だが)。
そういうときは、勢いに任せて 一気に想いを綴る。
ときには、見られていることを敢えて意識して、文字にすることもある。
気をつけなければいけのは、当社の社員のことを書く場合だ。
だいたい、愚痴っぽい口調になっているときは、それに発奮するタイプの人に向けて書いているとき。
困ってしまうのは、こちらが想定している相手でない人が、「自分のこと」と勘違いしてとるとき。
これまでは、さすがに想定はしていない。
勘違いして自分のことととってしまった社員には申し訳なく思う。
ここでも、シナリオ通りに進まない現実に直面する。
ネットは、情報を発信した直後から自分の意思は通じなくなる世界だ。改めて自覚させられている。
今後は気をつけるべきことだ。
状況操作に長けている政治家でも、なかなか シナリオ通りに、進まないものだ。
そう、悲観することはない。
大事なのは、どう転ぼうとも、その事実にまず感謝し、何か感じ取ること。
自分へ反省を促している場合、もしくは新しい歩み方、シナリオへ導こうとしている場合、
いろいろなケースがあるだろう。
そのときどきに、 感じ取って行動していくことが大切だと 思う。
