2008年8月アーカイブ

 県の工事が一般競争入札になってから2年間、 実は一度も県工事を受注していない。
 厳密に言うと、価格のみの競争入札物件に限ってであるが。
 (県工事は2件受注しているが、いづれも価格以外の要素も取り入れた総合評価方式)

 この間は、150百万円くらいの工事で2,000円差(2番目)で×。
 本日の二つの物件も、やはり×。

 なんだか、やりきれない。
 受注するために求められるのは、ただ いかに公表されている予定価格から、
 統計的手法を使って最低価格を当てれるか だけの 数学的テクニックだけ。
 施工技術の有無など、施工業者を決めるための採用基準として全く存在しない。

 以前にも書いたが、 みなさん一般消費者の方が物を購入するとき、
 数字だけで物を買うだろうか?
 どんなに安くても、必ずそこには”品質”とのバランスを求めるはずだ。
 「安くても、この程度の品質なら、自分が求めている機能を十分満たせる」
 この考えがあるから、100円ショップの商品を求める。
 そこには、『安くても、求める機能が満たせる品質がある』という価格以外の
 選択基準を必ず求めている。
  
 一方、 50百万円以上もする”買い物”に、”買主”は 価格だけ
 もっと言えば 数字解析能力だけ を求めている 実態がある。
 マスコミは、えてして この実態を促進させていることを、ここらあたりで
 気付いてほしい。

 
 技術を求めない単純作業などの仕事(建設業以外)などに、人員を
 振り向けるのも対策の一つだが、それでは技術力は 落ちていく。
 今のままでは 優秀な技術者がこの業界全体から逃げて、いなくなってしまう。
 ”緊急の災害対策工事が出てきても、そのときは 既に遅し。
  「早く、対応して!!」と、インフラ整備体制の不備を叫んだところで
  響くのは、空虚感だけ”
 そんな状況が現実のものとなって足音を立てていることを、
 意外と みんなは 知らない。

 当社に限らず、他の会社にも 優秀な技術者がたくさんいる。
 急場になったとき、その経験と独特の勘で、敏速で的確な
 対応ができる”人財”だ。
 申し訳ないが、素人では 危険も伴うし、また時間、品質
 ともに 危機対応できない。
 一度、地肌を露わにした災害現場に一度足を運んでほしい。
 そしたら、実感するだろう。

 

 今は ただ いまの環境で 踏んばるしか ない。
 来るべきときに、 この声が 市民の声として受け入れられる
 まで、自力で踏ん張るしかない。


  

 話は変わるが、 時を同じくして 本日 二つ うれしいこともあった。
  1、ある行政機関のトップクラスの方が、当社を訪問されたこと
    あくまでいろいろ取組んでいる企業の参考ヒアリングの一環としてで寄られたらしいが、
    それでもわざわざ当社に足を運んでくれたことは、励みになった。

  2、新規事業関係で、大口取引の糸口が開かれたこと
    ことの次第では、かなり大きなビジネスになる可能性がでてきた。
    まだ、序の口ではあるが、こちらも大企業がわざわざ飛行機を使って
    訪問してくれたことは、励みになった。

  

  つらい こともあれば、うれしいこともある。
  人生は いろいろな道を 通りながら  その歩みが
  世のため 人のため につながる道に続いていのだと思えば、 
  その つらさも じっくり味わう ことができるだろう。

 

   そういえば、地元紙に ここのところ戦争体験者の随想録が連載されている。
  紙面から伝わる戦場の様子は、想像を絶する世界だ。
  今、その地に 居ないだけでも 、自分は幸せだ。
  あと45年前くらいに日本に生れていれば、この人と同じ光景、体験を
  しなければならなかったかもしれない。
  そして、壮絶、悲惨な死と対峙しなければならなかったかもしれない。

  そう想うと、今の苦悩など あまりに ちっぽけだ。
  

   流れ を 感じよう。 そして 受け入れよう。 取り組もう。 

   


  

 

 

 

  本日日曜日は、いろんな経験をした一日だった。

 

  ・先週の快感が忘れられず、朝起きてからすぐ波乗りに出かける。

  ・本日は、軽く1時間程度入った後、ゴルフの打ちっぱなしを50球。
  (あまり時間をかけないタイプで、15分程度で打ち終える)

  ・それから、会社に行って書類整理。

  ・そして、昼から知人の結婚式。
  (出席者450人を超える大型披露宴で、地元のホテルでの対応は
   2フロアで。主役も大忙しのようで、4時間くらいあった)

  ・家に帰ってからは、会社から持って帰っていた書類整理を済ませ、読書。
  ・本のタイトルは「官僚との死闘700日」
   著者は、新聞記者だが、 論調が 「自分は、ここまで裏の政策ブレーンの
   中枢にいましたよ」という色合いが強い本で、あまり好きな本の部類では
    ないが、ただ 「政府のトップでさえ、人のつながりによる人選でメンバーが
   形成され、運用されていた」という事実を知れたことはおもしろかった。
   首相を囲む政策ブレーンは、各関係機関からの推薦による人選が一般的
   だと思っていた私にとり、個人的なつながりによるものである点は
   驚きであり、また参考にもなった。
  
  ・そして、夜は妻の誕生日会を家の隣にある実家で行った。
   
    今日は、久し振りに父と経営の仕方について、話に時間を費やした。
   普段は、会っても一言、二言しか言葉を交わさないが、
   今、人事面について壁にぶち当たっていて、先輩として意見を
   聞きたくなったからだ。

     正しいことでも、ストレートに言わないこと。 
       父との話をしながら、そんな言葉が浮かんだ。

      その姿勢が、社員に対して必要ではないか。
      真正面から対峙し、論破して自分の優位性を誇示することが
      目的ではないはずだが、なぜか振り返ってみると
      自分の主張の正しさを話をぶつけながら確認しているようなところがある。
      問題が発生したときのコミュニケーションの目的は、
      そんなことではなく、その後で、同じ問題が発生しないように
      効率的に正確に仕事が進むように合意形成を図ること。

      そういえば、本日の結婚式でもいろんな方々の餞の言葉があったが
      12年前の自分の結婚式で媒酌人から頂いた「祝婚歌」のひとつに
      「正しいことを言うときには、少し控えにしたほうがよい」 という
      言葉があった。

     いろいろと話を交わしたが、
     「ぜいたくな悩みだぞ。うちは、優秀な技術者がそろっているのだから」
     という言葉にも、 はっとさせられた。
     確かに、上を上を見るあまり、今の状態に上がっているありがたさを
     感じていない自分を自覚した。

   今、自分は間違いなく、今後の成長の可能性の有無をお天道様から試されているとき 
   だと感じている。
   もう ちょっと 幅が欲しい。 自分で言うのもなんだけど。
   どこかで、 心底自分を変えるタイミングを得るのか、
   それとも 日々の歩みの中で 徐々に変えていくものか。それは、わからない。
   いづれにせよ、脱皮が必要なのは確かなようだ。

 

  さて、少し硬い話になったので、二つばかり 肩の力が抜ける話を。 

       

   1、結婚式から家に帰って仕事としているときの話
    息子がダイニングテーブルで宿題の日記を書いていた。
    私は、その横で会社から持って帰ってきた書類を、パラパラとめくっていると
    7歳の息子 「お父さん、なんでそんなにいっぱい仕事することあるの?」
    私  「・・・(なんて答えていいのやら)」
    息子「社長だからだね」
    私 「う・・ん。。。(その図星な指摘に、その次の声が出なかった)」
    息子「じゃ、社長辞めたらいいじゃん。そしたら、お母さんみたいに
      すぐにお家に帰ってこれるよ」
    私 「・・・」

 

   2、妻のバースデーケーキにまつわる話

    息子「お父さん、お母さんのお誕生日ケーキを買いに行こう。
        今日は、お母さんの誕生日だから、自分と○○ちゃん(娘)の
        お小遣いで買ってあげるんだよ」
     私「・・・(びっくり!その発想)」 
     娘 「え? お金がなくなちゃうよ(いかにも、ちゃっかりものの娘らしい)」
     息子「いいとよ。いいとよ。お母さんがかわいそうやろ」
     娘 「わかった」
     
    ちょうど歩いていける近い距離にケーキ屋さんがあり、一緒に出かけた。
    「ケーキ代あんまり高いと どうしようかな?子供のやさしい心を潰してしまう・・
    (彼らのおこずかいでは超過してしまう可能性がある。
     息子たちの財布の中には、確か2,000円も入っていないはず。)」 と思って
    恐る恐る販売ケースの中を見てみると、幸い1,500円で いいサイズのが残っていた。
    
     私が400円だけ出資して、残りは息子が600、娘が500円出した。
    息子が、レジのお姉さんに 自分の財布から小銭を一つ一つ出して
    支払をしている様を見て、なんだか わが子ながら うるうるしてしまった。
    (わずか2,000弱の全財産。その中から自分のものでなく、
     親のために喜んでお金を使っている。
     ← これが、本当のお金の使い方なんだろうな、 と子供に教えられた)

   その ケーキは これ です。

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     あとで聞くところによると、息子は 
     「今度のお父さんのお誕生日にもケーキ買うから、お手伝いをいっぱいして
      お金を貯めなきゃ」 
     と 言っていたそうだ。

     また、心の中で うるうる   でした。

    

    本日は、妙に 気持ちの波が荒立った日だった。

  昼にお蕎麦を食べにいくと、そこの給仕のおばさんと がっちんこするし
   (先方にも、それなりに言い分はあるだろうが、ちょっとどうかと思う対応をされ)

  営業では腑に落ちないことに出くわすし

   ある試験を受け、試験官に解答の仕方で質問をしたら
   「そんな解答の書き方をしたら、いけません」と怒られるような回答があるし、 


  車のガソリンを入れに行くと(いつも行くところが閉まっていて、
  別のスタンドに行ったら)、あまりバイトさんが慣れていなくて
  後ろに入ってきた車のケアを優先させられるし、

  朝仏壇に飾った生花が、その重さで帰ってきたらひっくり返っているし、

  会社に戻ってきて机の上にあった月末の請求書をチェックすると、
  「なんで、こんな状態で決裁に回すの?」という脇の甘い書類が
  回ってくるし・・・

  なんだか 精神的に 苛立つようなことが多かった一日だった。

  

  ま、こんな 一日もあるでしょう。
  

  「つまづいたって、いいじゃないか。人間だもの。」
  と トイレの前に相田みつおさんの言葉を見つけました。

  たぶん、まだ自分のものの見方は 一面しか見えない
 浅はかさがあるのだと思います。

  明日には家族が家に戻ってくる。
  会社の残務処理も 目処がついたので、 気晴らしに
  街にでて 一杯だけ ひっかけてこようか・・・
  ↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑

  結局、それからまだ 仕事を続け 、そして馴染みのお店へ   

  そして そこには 馴染みの顔が。
  家に帰ってきたのはさきほど2時前。
  知り合いに話をして胸の棘を抜かせてもらった。
  話をしてみると、 確かに 大したことではないことであり、
  何より、 本当に大変な事態に遭遇する人たちが多くいる中で、
  気持ちが少々荒れていた自分の小ささを反省した。
  

   
  

  これを「つまずいた」と 表現するのは ちょっと大袈裟でした。

  さて、明日朝も通常通り出勤だ。  
  起きたら 前向きな 新しい気持ちでスタートだ。

 

連休終わり

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  連休も本日で終わり。

  会社の休みは、13-17日だった。
  小生の場合、丸一日休んだ? と思った日は、先日の一日。
  それでも、かなり充実感のある休みだった。

  13-15日は、恒例により初盆挨拶回り。
  遠出する場所もあったが、そのついでにお客さん周り、そして
  現場回りも行った。

  本日、16日は お客さん周り(新規事業の関係の取引先は休み
 無しで仕事している)と、会社でちょっとした残務整理。
  この連休中は朝は比較的ゆっくりできたし、時間配分も
 かなり自分のペースで動けたので、「ゆっくりできたな」という実感あり。

  この連休中に、何人かの社長さんと会ったが、みんな異口同音で
 言われるのが 「経営者には、休みはあって無いようなもの」
 ということ。
  最近でこそ、ようやくこの感覚に慣れてきたが、どの社長さんも
 嫌味なし、力みなしで このことを言われていた。みんな、創業経営者
 の方ばかりだったが、やはり そういうものなのだろう。

 幸い、今回の連休は家族が妻の実家に帰省中であり、家族のケアは
気にしなくてよかったので、私も思い存分 動きまわれた。

 普段は、次の時間を気にして じっくり話できない人たちと、今回は
 いろんな話に及んで いい時間を持てた。

  

  さて、16日は 久し振り(多分 約1年ぶり)に 波乗りの興じた。
  朝9時から入って、お昼すぎまで ぶっ通しで乗り続けた。
  台風通過後で、それなりに遊ばせてもらった。
  40歳にもなり、3時間超も波乗りっぱしだったから、さすがに
 海から出たあとは、相当くたびれていた。おまけに、上半身は
 UVケアしてても、照りつけた太陽の影響で火照っていて、本日まで
 体全体が 熱い感じである。
  今回、1年ぶりの波乗りにおいて、次のようなことを感じていた。

   ・乗れる波は、絶えず訪れるのでなく、あるタイミングがある。
   ・そのタイミングが訪れたとき、立て続けてにいい波が来る。
   ・そのタイミングは、予測がしづらい。絶えず、波を見て判断するしかない。
   ・第一波が来たときに、慌てて対応しなくても、必ず第二、第三の波が
    続くので、むしろ体力、技術力に卓越した体制が整っていなければ
    第二、第三の波に照準を合わせたほうがよい。

  なんか 経営の”波乗り”と一緒なような ・・・

   話は少し変わるが、以前と比べて(ここ1年のブランクを空けて特に)思うが、
  30歳-40歳くらいの いかにも普段はスーツを着ていそうなビジネスマン風の
  サーファーの姿が多くなったような気がする。
   それほど腕がいいわけではないが、それなりに 楽しんでいる人達。
   ここ日向市という自然豊かな地に住んでいる満足感と、そこに集まってくれている
  誇り、そして連帯感みたいなものを感じた。

 

  明日から、またスタート。
   先日の波乗りでの”後遺症”(筋肉痛に加え、体に2ヵ所ほどボードでつけた
 切り傷あり?自傷ですが)を引きずりつつ、爽やかな気持ちでスタートを切りたい。 

 

 

 先日 久し振りの徹夜 をしてしまった。

 どうしても急ぎで作成しなくてはならない資料があり、
 作業に目処が立ったときには、窓からは薄明かりが射してきた。

 基本的には、自分は 少しでも寝ないとダメなタイプ。
   そんな自分が貫徹したのは、何十年ぶりだろうか。

 今日こそは早く・・・ と思っていたが、結局この時間までに
 なってしまった。

 外は 強い雨。雷も鳴ってきた。
 最近、まともらしい雨がなかったから、これもまたよし かな。

 今日、資料作成の合間に お客さんと面会する場所に出向くため電車に乗った際、
 知人と出くわした。その知人が、資料と睨めっこしていた自分を見て
 「何か、講演でもするのですか?」
 と言ってきた。
 「いや、ちょっと現場関係の資料を作成していまして・・・」というと
 「へ?、社長自らがですか。社長の見本みたいな人ですね」と
 言っていた。
 この方、まだ若いが地元では有志と言われている人。
 そんな人に、こんなことを言われて どうなんだろうと感じた。
 

  「社長が 現場の資料作りをするって、本来は組織としては
   どうなんだろうか??」 というのが私の率直な感想。

  率先垂範。 やってみせ・・・ の精神で とりあえず 自らが手がけている
  今日この頃。
  もっとも、それぞれの社員は それぞれの持ち分の仕事を きちっとは
  やってもらっているから、 それはそれで いい組織と言えるかもしれないが。

   ”あまり多くを望まず、今あることに感謝” とは どこかで聞いた言葉。

 

  人事考課の発表日を前に 最後の見直しをやった。

  人を評価する というのは本当に難しい。

  点数化した評価値と、日々感じている能力が一致すればいいが、
  これがなかなか一致しない。

  また中途採用の場合、基本給の設定と以後の評価で乖離が発生した場合の
  修正が難しい。
  基本給を触らないという枠にとらわれると、自在な評価が難しくなる。

  いっそのこと基本給を毎年更新するシステムに変更したらいいと、考えている。
  退職金の扱いが問題となるが(退職金を基本給で連動されている場合)、
  毎年更新前に退職金を仮清算するのも手法の一つだ。
  今後の検討課題としたい。

  やる気にさせる制度、厳しく評価することで馴れ合いをなくし、
  会社の歩むべき方針(=トップが考える会社像)に向かせる制度
  これには 賃金に連動した人事考課の整備は、間違いなく有効である。
  留意点としては、成果主義に走りすぎないこと。
  精神論、数字に直接は出ない姿勢を、きちんと評価すること。
  むしろ、この後者の項目をどれだけ重点的に評価するかが、中小企業の場合
  特に重要な気がする。

  潜在能力より 会社方針への共感そして行動。 
  これを 私は評価する傾向になっている。 

 

  おっと  この時間(深夜2時)から 蝉が鳴き出した。
  暑い日が続くはずだ。