2008年7月アーカイブ
遅くまで残業していると 妙に早く帰って 冷蔵庫のビールを飲みたくなる。
スキィ ポカっ ドボドボドボ・・・ と お気に入りのグラスに注ぎこまれる
ビール
まだ 残り仕事があったけど 大方の目処をつけたので、切り上げて帰ってきた。
車の中で思った。
40歳を境にして、いい力の抜き方が身に付いたな と。
ゴルフでも言えることだが、力み過ぎてたら 綺麗なボールな打てない。
きちんと道筋を立てたら、あとは 集中して処理し、
ふわっと力を抜いて工程を簡略化する。
この二つを バランスをとりながら物事に対峙していく。
決して 逃げるわけではない。
ある意味 負けるが勝ち 的な 発想だ。
要は 目標とすることが 成就できればよい。
力を入れ過ぎてたら、かえっていいものが出来ないことは
いくらでもあるようだ。
おいしいビール それも エアコンの効いた我が家で 飲むビール。
肩の力を抜いて 張りつめた神経をリラックスさせるには
欠かせない環境だ。
7月の土日は 本当に忙しかった。
第二週 (土曜)仕事 (日曜)厄祓いの神輿担ぎ
第三週 (土曜、日曜)ひょっと祭り
第四週 (日曜)試験
第四週日曜である先日の試験は、合格率15%前後の難関試験。
にも拘わらず、試験勉強をまともにやったのは、前日の土曜日一日。
もちろん、手応えは・・・ 見事 × でした。
6月にもある試験があったが、こちらは 前日一日だけの勉強で合格して
しまっていた(もっとも、2次試験がこの後ある)。
今回も、その勢いでいけるか??? と期待半分、怠惰な気持ち1/4、
時間がとれないという事情1/8、時間がとれないという言い訳1/8 で
臨んだ試験だった。
家の”かみ”さま は 「そんなに世の中甘くない」と 軽く一言。
素っ気ない一言、しおれていただけに これは結構堪えた。
(慣れてはいますが・・・)
ただ収穫だったのは、難関の試験のわりには 一日の勉強で60%前後は
点が取れていそうなこと。
多分だが、あと1週間勉強に費やせれば ラインは見えてくる感触を得たこと。
決して自惚れでなく、むしろ 落ち込みそうな自分を反転させているのだ。
先日、車の中で聞いていた講演録CDから
「成功している経営者は、苦境に陥った局面でも、そのおかげで・・・
と必ずプラスに結果をとらえている」 との言葉が流れていた。
問題を解いている最中に、何度か放心状態になりかけた
(感触の無さに、半ばあきらめモード)。
しかし、そこを神経を集中させ、とにかく一日でも真剣に取り組んだ時間、
そして記憶を思い起こしなんとか完全解答まではこぎつけた。
途中何度か気力が途切れたが、やはり、このときに解いた問題は
間違っていたようだった。
逆に、全く見当もつかない問題でも、あれこれ類推して解答した問題は
当たっていたりした。
なんでもそうだが、ぎりぎりまでになっても諦めないこと。
そして、食い下がること。”できる”と思って自らも奮い立たせること。
集中して取り組むことによる成果の大きさ、
若干でも心に隙があると、やはりどこかで ボロがでてくること。
この大切さを学ばさせてくれた試験だった。
感謝 感謝
年に一度の一大イベントが終わった。
今年は、その前の週に厄年の神輿担ぎがあり、
おまけに今回は周年事業で二日続けてあり、
そして二日目は踊りの部の責任者であったので、かなりの疲労だった。
祭り終わって二日目の夜になった今も、まだ体にけだるさが残る。
やはり 40歳という年齢を意識する瞬間だ。
一方、年齢を意識しない出来事も同じ祭り関連で経験した。
それは、二日目終わった後の、部の打ち上げ。
実行委員会のどの部も大変だが、私が所属していたパレード部は
踊りの企画、運営を任される重要な任務を負う。
今年は周年事業ということで、例年より課せられる課題、内容が多く
おまけに見えないプレッシャーで、部員はみんな あっぷあっぷの状態だった。
初日の打ち上げにも、他の部の人たちはかなりリラックスした状態で
楽しんだようだが、我がパレード部からは二人しか出席しなかったようだ。
誰も申し合わせたわけでない。しかし、みんな ”明日(二日目)”を意識
していたからだ。
だからこそ、二日目終了後の 打ち上げは 弾けた!!
見てください、この弾けよう。
二枚は、別々のお店で撮ったもの。
1軒目は、前日(つまり祭り初日)にあまりのお客さんが来られ、
食材が尽きたみたいで、ほとんど食事らしい食事ができず、専ら”飲み”会
になりました。
そして、2軒目。なんと、ここでも同様で、少々のつまみとアルコールの会
でした。それでも、この通りのあり様。
この写真を見れば もうその状態を察していただけますね。
祭り前日の打合せ後の飲み会で急遽結成された、”麦わらボーイズ
(麦わら帽子をかぶって当日祭り運営をしよう!!と結成)”の面々。
ちなみに、小生は顔だけしか写っていませんね。
多分、他のみんなと違って普通に服を着ていたから・・・多分・・・。
(唯一の40代だから、そんなことはしないでしょう。。。)
この後、次の店に繰り出して マイク奪い合いの狂騒曲状態。
翌日の朝、会場のごみ拾いをしていたら、近くにいた女性のスタッフが
「あんなに騒いだのは 初めてだったかも」 と漏らしていたような。
2軒目の会で、一人一人感想を述べてもらったが、 あまりの感動に涙する人も
少なからずいた。自分は、思わず もらい涙をしてしまった。
”組織が燃える” とは こういうことなのだろうな と感じた。
そして、それが まさに 今のような経営環境の中で
必要でありながら、あまり焦点があたらない要素なのではないか、と感じた。
正直、今回の祭りの実行委員会参加 には かなり気持ちが無理をしていて、
「これが最後」と自分を鞭打って 進んできた。
それにしては、大変大きな宝物を つかむことができたイベントであった。
追伸:
本日、約一年ぶりに県発注工事が受注できた。
見返りを期待してボランティアをするべきではないし、そういう姿勢はすぐ見透かされるが、
奉仕をすると その分 天から 返ってくる
こともあるものだな と 感じた次第だ。
社員のみなさん、 上記の写真のような 間抜けな行動をとる私ですが、
これからも よろしくお願いします。
本日、地元の一大イベント祭り ひょっとこ祭り。
正直、かなり ぐったりきて帰ってきた。
以前、このブログで紹介した前会社の同期は
「自分は海外への転勤が多く、地元と密着して生活している内山が
うらやましい」 と 知らせに書いていた。
なるほど、そうかもしれない。
ただ、今日のような天候での開催で丸一日はさすがに、参った。
明日も周年記念事業で、地元の別の祭りとの共同開催がある。
あまりの疲れと、そして明日への慎重な対応したい気持ちが重なり
打ち上げも行かず、ただ家に帰り、缶ビールで「自分に乾杯!」
した次第である。
写真などの詳しい報告は、後日。
いよいよ 本日は ひょっとこ祭り本番。
毎年、台風に悩まされるが、今年も どうにか影響を受けずにすみそうだ。
昨日も直前日ということもあり、部会のみんなが遅くまで準備に追われた。
さきほど、最終の仕上げを終え、帰宅。
今回も、拳固めの願もこめて、恒例の飲み会をした。
男ばかりの会で、かなりお酒が進んでいた。
いままで費やした時間、労力の成果が明日に
結実することに 感極まってか、
「明日は、ここにいるみんなは 麦わら帽子をかぶって作業しよう!!」
ということになり、 さっそく 近くの24時間スーパーに。
そこで撮った写真がこれ。
明るいようですが、夜の24時直前です。
一人以外は、建設業関係者。
こうやって、真の意味でのボランティアを 同業者の若者が
行っていること、そしてに その輪に自分もいることに
不思議な居心地の良さを覚えた。
(なお、年齢的には小生が一番上のせいか、写真の中で
妙に一人浮いています・・・)
いい祭り に なりますように。
東京にいる前の会社の同期二人から 別々に連絡が入った。
会社の寮の同期が、内示で中近東に行くことになったらしい。
今や、オイルマネーで世界の富を吸収している都市での転勤。
活躍の舞台がセットされたわけで、自分のことのようにうれしい気持ちになったが、
やはり 家族のことを察すると気の毒だ。
先の二人の話だと、 その彼は 「出国する前に、内山に会いたい」と
言ってくれているようだった。
なんとも言えず うれしい。 そして なんとか時間を作って 彼に会いに行きたい。
新興住宅地のカラオケハウスで、夜中に男だけ十数人で歌い明かしたあの頃が
蘇ってきた。
中小企業の経営者にとって、最大の協力者とは
どのような人なのだろうか?
社内の右腕になるような番頭さんだったりするが、
一番はやはり身内ではなかろうか?
「経営と家族は分離」
これはものの本では、よく書かれていること。
しかし、私は中小企業(特に従業員が50名以下)の場合、
「経営と家族は一体」が真理ではないか と思っている。
経営を預かるようになって、特にそう思う。
プレイベートな空間(時空間だけでなく、心理的な空間も含めて)
が拘束される点を考えると、非常に窮屈な居心地であったりする。
それでは、なぜ経営者になるのか?
夢があるから。使命を感じるから。
中小企業は大方の割合で金融機関から借入をし
その保証人に社長がなっている。場合により、家などの資産を
担保に差し入れている。
万一のときは、責任を家族全員で背負うことになる。
家族よりも会社が優先せざるを得ないケースが多い。
だからこそ、家族の絆が大事になるし、絆が強くなる。
家族に、自分の夢や使命を理解してもらうことは、
難しい。特に子供は、大人にあってある程度社会がわかるように
なってからでないと無理。
でも、子供はついてくる。
なぜか?
それが、生まれてからの環境だからだ。
これは、そういう環境に育った人でないと、理解できないかも
知れないが。
ある会社の後継者の方(異業種)と食事した。
その会社は、妹の義弟、叔父、そして奥さんが、同じ
会社で働いているらしい。
いろんな局面で心底から支えられていることを十分自覚していた。
『安泰だな』と感じた。
このブログを当社の何人かの社員は見ているようだ。
この記事を見て、「自分達より、身内か?」と不平を洩らす
だろうか?
最近、自分が意識している以上に、自分のことを観てくれている
ことを感じる。今の業界が置かれている環境、そして経営資源。
社内におけるリスク管理は確かに大切で、その対策は必須である。
しかしながら、社員と円滑な信頼関係を構築することが何よりの
リスク管理対策だと、感じ始めている。
信頼し合っていれば、お互い我慢もできる。争いも起こらない。
その信頼関係を構築するには、日々の自分の行いでしかない。
二匹目の 金魚が死んでしまった。
名は娘が名づけて、サクラだった。
立て続けに1週間に、逝ってしまった。
これは、単なる寿命が原因でなく、やはり飼い方に問題が
あったように思う。
金魚すくいの行商に揺られながら一生を終えるのか、
それとも我が家のみんなに毎日愛されながら短い生を終えるのか、
この金魚たちにとって、どちらの生き方が幸せだったのだろうか?
社内で解決すべき問題がいくつかあり、その対処に頭を使っている時間、
そしてそうは言いながらも新規事業の営業開拓に自ら出かけていく時間、
はたまた本業の建設工事の受注のために企画を練る時間、
その戦略に沿って具体的に行動する時間、
個々の現場の出来高、契約の有無の確認指示する時間、
原価の精査を指示し、その内容を確認する時間
そして プライベートでまちづくりのための祭り準備のために委員会に出席したり
準備をしたりする時間
こういういくつも作業が並行して走りだしているときには、
どうしても時間の制約と葛藤する。
そして、つい仕事外であるまちづくり活動に充てる時間がもったいなく
感じてしまう。
自分でも嫌だな と思うが、 それが 今の自分。
正直なところ、いまの自分はいっぱいいっぱいの状態である。
こういう人間には、まちづくり活動などをやらせたら、駄目なような気がする。
本日は、特に後半は ブルーになってしまった一日だった。
こうやって、客観的にブログに記載できるだけ、まだ ましな状態なのだろうか。
明日は 前向きな 楽しくなる 一日でありますように。
サクラに 合掌
今月末にある試験があるのだが、いつのことだが
ほとんど勉強の時間がとれていない。
昨日は、夜の飲み会が久し振りになかったので、勉強に費やしたい
ところだったが、それまでにたまった仕事をここぞとばかりに手をつけて
いたら、結局遅くなってしまった。
本日は、夜は祭りの打合せ。
昼間はとてもじゃないが、プライベートな時間がとれない。
仕事上で、どうしてもやり遂げておきたいことが、まだある。
朝の日課になりつつあるヨガの時間を割くのも忍びない。
時間はつくるもの。
どうにか、すれば そして やるときに とことん やれば できる はず
と 自分に言い聞かせつつ 今日も 勉強手つかずの状態が続く・・・
先日、家族の寂しい別れがあった。
飼い始めた金魚の2匹のうち、1匹が亡くなったのだ。
子供たちは、2匹をそれぞれ ユウキ と サクラ と名付けた。
ユウキは息子が特に可愛がっていたが、そのユウキが亡くなった。
取引先と打合せ →祭りの打合せ と移動中に連絡が入ったため、
すぐには家に行けなかったが、後半の打合せ前の合間を縫って
戻った。
連絡が入ったときには、息子は悲壮感漂って、ただただ声に詰まっていたが、
さすがに 思ったよりは回復していた。
子供と一緒に、家の庭に ユウキの墓を造って合掌し、冥福を祈った。
寿命だったのか、飼い方が悪かったのか?
実は、私自身も毎日朝そして帰宅時に挨拶をするのが、楽しみにしていた
ので、つらかった。
少し、自責の念にかられた。
生き物を飼うのは この瞬間があるから、つらい。
息子は 生き物の死を 身近に感じて何を想っただろうか。
1匹では可哀想だから増やすか否か、ちょっと迷っている。
ユウキに 合掌
ひょっとこ祭りも いよいよあと2週間と せまってきました。
金曜日には、募金箱の回収と 勘定を 委員が総出で行いました。
本日は、実行委員会のパレード部会の打ち合わせ。
みんな日中は仕事を持っているのに、19時から
会議に出席。
写真からも、その打合せの熱気が伝わる。
これは、まったく 実行委員会とは関係無い写真。
事務局がある建物にあるトイレにあった花に魅かれて シャッターを切った。
はじけんんばかりの”笑顔”。
この花のように、実行委員会の活躍が 日向市の笑顔となって 周囲を
元気にしてくれたらいいな と思っています。
