2007年6月アーカイブ
日曜日は、やはり心がゆったりする。
今朝は、娘+犬で、砂浜にデート。
(息子は、近くの子供たちと早くから出掛けた。そういう歳になったんだ。
うれしいような、少しさみしいような)
今日も、気持ちよさそうに 水浴びをしている。もう、人間の歳にしたら多分60歳くらいは
なる。歳のせいだろうか?以前より、かなりゆっくりした時間をかけて、水に入っていた。
子供は、砂浜に来ると、必ず貝殻をとる。 大人の自分にとり、「同じように見え、且つ大して
珍しくもない」貝殻ばかり。
しかし、子供は宝物のように、一つ一つ見つけては、大事に採取する。
この心が、大事なんだと思う。
子供の目(心)には、フィルターが無い。
月曜から1週間は、ハードな日が続きそうだ。
トップとして右か左かの判断を迫られるときが、ある。
どちかをとるかで、盛衰の分岐点になることもある。
情報は大事だが、それだけでは判断はできない。
非科学的だが、そこに+心の機微が大きく影響するのだと、最近感じる。
この時間しかできない、心の静養 養生 これも経営の一部なんだと思う。
24時間仕事、とはまさにこのことだろうか。
もっとも、それを意識していたら、また駄目な気がする。
自然体でいくのが いいのだろう。
今日も、ようやく終わろうとしている。
手元の仕事がやっと落ち着いた。
一人で考える時間だ・・・。
最近、本気で社員(工事部全員)に怒ったことがあった。
大概は、”振り”をして叱ることはあるが、
今回だけその場を去った後も、気持ちが高ぶって
いた。
原因は、会社の経営環境をあまりにのんびり
としか捉えていない危機意識の無さだった。
もちろん、今の建設業者は大変な経営環境に
立たされていることは、わかっているはずだ。
問題は、それをどれだけの深刻さで捉え、
そしてその感覚を日々の行動に反映しているか。
ある民間物件を営業している中、
多分「仕事は最後は会長、社長が取ってくるのだから」
という意識が、相変わらずどこかにあったはずである。
昔は、仕事をとってきて、それから原価管理 という
悠長な時代が、業界全体に確かにあった。
しかし、今は違う。
「本当にできる金額をどれくらい下げられるか」
この予算管理に対する営業のウエイトが非常に高くなっている。
そして、その下げられる余地は、予算作成に要する時間、
精密さ、の二つの要素に 比例する。
つまり、どれだけ早く前倒しで作成し、ネゴに時間を費やせられるか。
どれだけ細別に作業工程を分解し、できるだけ多くの調達先に見積を
依頼できるか。
具体的な対応する行動を伴わないで、「つらい」「大変だ」
と声高に叫ぶだけなら、誰でもやれる。
この環境を次の次元へ引き上げるには、誰でもやることでなく
一歩先に足を踏み入れることだ。
それが、わかっていない気がしてならない。
社員は、嫌だろうな。俺みたいな社長。
結構、とげとげしい。はっきりしている。
でも、思う。やさしく、まあまあ で泳いでいたら
結果的にみんなの家族を路頭に迷わすことになる。
心を鬼にして、向かっていくべき道に、組織統制を
行っていくしかない。
それが、自分のカラーでもある。
社長とは孤独である。
それで、いい。
本気で、人を嫌いにならなければ。
遠くには、絶えず温かい光を見続けていれば。
九州大学西新プラザにて、景観をテーマにした
パネルディスカッションが行われた。
パネラーの一人として参加させてもらったが、
時間が足りなかったなと思うほどの盛上りをみせた会議であった。
誤解を承知で言えば、これまで「デザイン」と向き合うということは、
土木業者にとりあまり馴染みの無い世界であったと思う。
設計された形通りに造っていくことが当たり前。
造りながら、美を追求して形どっていく, という作業は
必要無かったし、許されなかった。
今回の工事では、図面に描かれているのは「直線」だが、
実際の施工では、自然美を意識しながら「曲線」を造っていくこと
逆に要求された。
当社の担当技術者をはじめ、その考え方に付いていくことが
大変だったはずだ。
考えてみれば、景観という概念を土木技術に取り入れられたのは、
比較的最近のことに思う。
機能性のみを追求してきた世界から、美という概念を現場で
具現化する世界にいきなり引き込まれたわけだから、担当者
は戸惑ったことだと思う。
今回のテーマは、地元の歴史、文化と自然の調和から醸し出される美。
デザインをテーマして、大学の先生、学生、発注機関、業者が
喧々諤々議論する。
土木設計の世界でも、じわりじわりと地殻変動が起きている
ことを、本日の会議で実感した。
九大の島谷先生の
「はじめから100点じゃなくていい。
いろんな制約がまだあるから、100点は難しい。
70点でもいいから、”やればできる”ということやっていくこと。
やれば、できるのだ」
同じく九大の樋口先生の
「デザインする際、川に”怒られない”ように気をつけた。」
という言葉は印象的だった。
県の工事は、相変わらず100円、10円で凌ぎを削る競争が続いており、いい線までは
いくのだが、依然”勝ち”は無し。
かといって、暇かというと、何かとバタバタしている。
民間営業、新規事業の企画・現場踏査、工事検査の講評チェック、社内管理体制の見直し・・・
この1週間は、試験に関して全く時間をとれていない。
もちろん、日曜日などで、時間は工面すれば作れるのだが、つい体の休息に費やしてしまう。
今週土曜日は、九州大学内であるシンポジウムにパネラーの一人として参加する。
実は、まだプレゼン資料が完成していない。今、しこしこと構想をまとめていて、やっと
落ち着いた。
(そういえば、来月は宮崎大学のある会議でプレゼンをしなければならなかった・・・。
プレゼンしても、工事受注高が増えるわけでは無いのだが・・・。
いいのだろうか?)
と、そんなことを ぐだぐだ考えていたら、
ふと、外気を感じた。
外から、梅雨の合間を縫って吹く夜風だった。
どうも、このところ 目の前の事象にとらわれて結論、判断をしていなかったろうか?
と自問自答してみた。
今、世の中は今までにない動きを創めているような気がする。
もっと、その先に流れていくステージに目をやって、判断・経営していく時期なのかもしれない。
今のような、目の前の収益確保が難しい時期だからこそ。
このところ、何かとバタバタとしており、
1週間、試験の本は1ページもめくれていない。
ただ今、0時前。お腹もすいてるし、精神的にも体力的にも
疲れているので、家に帰っても多分、食事してバタンキュー
だろう。
明日は、一日中 社内打合せやプレゼン(新規事業の資金調達関係)作成、
最近行けていない現場へも足を伸ばさねば・・・
そういえば、本業の件で思い出したが 某新聞社の朝刊に
宮崎県の公共事業の落札率が年度末を境にして
90%台 →70%へと 急落している記事が”好意的”に書かれていた。
マスコミ らしい な・・・ と 我が事ながら 冷めて読んでしまった。
だいたい、発注額そして積算単価が、ここ10年でどれだけの率で減少
しているか調べたら、この1年で20%も利益落して経営やっていけるかどうか
簡単にわかるはずなんだが…
どこかの業界は、価格維持どころか値上げの必要性を声高に叫んでいるのに。
おかしな現象です。まったく。。。
さ、くさらず 早く帰って 明日が来るのを 楽しみにして寝よう!!
