2007年1月アーカイブ
風見しんごさんの長女が交通事故で亡くなった。
青信号で横断歩道を渡っているときに、トラックに巻き込まれたらしい。
私は、風見しんごさんの名前を最近思い出す機会があった。
NHKのラジオで、子供の教育についての番組でゲストとして呼ばれていたのだ。
「元気であいさつさせること。ありがとう、と大きな声でお礼を言うこと。
これを娘に励行させている」
と、ご自分の子供教育論を元気に、そしてうれしそうに語っていた。
同じくらいの子供を持つ私として、大変共感できることが多かった。
それから2日して今回の事故の発生。
神様って、この世に本当に存在するのか?
と疑いたくなるような事故だ。
しんごさんは、「自分に強くなれ、と言っているようです」というコメントを
出されている。
人生には偶然は無い という言葉がある。
頭で理解できても、心では なかなか理解できないことだと察します。
自分の子供も、いつどういう事故、事件に遭遇するかもしれない。
「自分の子供だけは・・・」という想いとは、裏腹の出来事だってある。
今、子供と一緒に居る幸せを感謝すると同時に、できるだけそういう不幸な
出来事に遭わないように親としての役目を果たしたい。
(交通安全に関するしつけだったり。もちろん、過保護にはしないようにバランスが必要だが)
とにかく、しんごさんの長女のご冥福をお祈り申し上げます。
合掌
新しい取引先になる方から、よく「社長のブログ見てますよ」と
言われるようになった。
最近、こんなことを言われた。
「ブログを見て感じたイメージと、実際会ったときのイメージが
違って戸惑った」
私は、単なる”人のいい”人ではない。
私は、経営者である。会社のリスクになるようなことについては、
厳しい態度、方針で取引先と応対する。
このことから、”厳しい”というイメージがついてくるのでは
ないだろうか。
最近、地元経済界で活躍されている複数の経営者と話する機会が多かった。
その方々とお話をして感じることは、「人間味があること。
そして、厳しいこと」 である。
経営することは、奉仕作業をすることとは違う。
人がいい ということと、何に対しても やさしい、寛容であるということとは違う。
そんなことを感じることが最近あった。
昨夜は会社の新年会の後、家で文庫本を一冊読んだ。
アサヒビールのドライの生みの親である樋口廣太郎氏の「知にして愚」
である。正月に本らしい本を読んでいなかったので、本棚にあった中から一つ
手にとってみた。多分、宮崎に戻ってきてすぐくらいに買った本である。
「病める貝のみ真珠が宿る」
(痛みを痛みとして真正面から取り組んでいけば、必ず成果が得られる)
「きれいな景色の前に電柱があったら、それを消し去るようにならなければならない」
(見たくないこと、聞きたくないことは、あくまで自分の心の中では”消せる”
ようにする)
「知に溺れるな、緩慢にやれ」
など、心にいい薬になる言葉に触れることができた。
買った当初、線を入れていた箇所以外のところに、今回いくつか感銘を受けたのは
おもしろかった。それだけ、この8年くらいの間に、感受性が変化したのだと思う。
ひとつだけ気になったのは、数字を経営管理の手段にしていなかったことを、感じ取った
ことだ。実は、先日の新年会で私数字を使って今後の会社の進むべき方向性を説いたばかりだったからだ。
「これから業界は大変厳しくなる。自然体でいくと、こうなるので、事業を続けていくには
こういう方法をとらないといけない」ということを具体的なイメージでわかってほしいと
思ったからであるが、どうもこれで本当によかったのかどうか…。
以前も少し感じたことがあるが、こういう厳しくなったときこそ、数字による管理より
別のアプローチからの立て直しが肝要では無いだろうか?
正直、今の時点で明確な解はでてていない。
ただ、たまたま 時機が重なっただけに、ちょっと寝ている布団の中でも、ごそごそと
考えていた。
2日の厄入りの集まりでは、小学校以来の友人達と久しぶりに会った。
(中学校、高校は、別の地区に行ったので)
意外だったのは、「うっちゃま(当時の呼び名)は、小学校の頃、怖かったよね」
「やんちゃだったよね」という声が複数あったこと。
自分では、よっぽど手に負えないやんちゃ坊主が、周りにいたと記憶していたのだが、
その仲間の一員だったということなのだろうか・・・
丁度、中庸を行っていたつもりだったが、自分というものを知らないものだな?と思った。
今、思えば、自分のいじめみたいなものをやっていたかもしれない。
反省、反省だ。自分の子供には、気をつけたい。
さて、世の中は、今日から仕事始め。
当社は、一部の現場を除いて明日5日からの始業となる。
今日は、業界団体の安全祈願詣でが午前中あったので、そこから私の
仕事はスタート。
昼からは、新年を迎えた各現場に一人、ふらりと出かけてみる。
うれしかったのは、どの現場もトイレがきれいにされていたこと。
昨年の夏くらいまでは、正直なところどこも見るに耐えない状態だったが、
今はどこも使い始めのようにきれいになっていた。
誰もいない現場というのは、いつも”凛”とした感じがいったいに
広がっている。
お神酒を捧げつつ、残りの工期完成に向けて無事故無災害を祈った。
気持ちは既に、仕事モードに変わった。
さて、今年はもう3日が過ぎている。残りの362日、精一杯何事にも力を
出していけるようにしていきたい。
30日は、朝は会社に行ってお餅飾り。
昼からは新規事業の関係で車で3時間くらいかかるところに出かけ,打合せ。
そして、夕方から学校の同級生との同窓会。
久しぶりに会う面々と相変わらずのバカ話をして、年忘れを楽しんだ。
31日は、昼間は家周りの掃除などして、夕方から当家恒例の”年取り”。
”年取り”とは、一年の終わりを家族全員でそろって過ごす行事。
当地独特の慣習であろうか。
当家の場合は、料理が並んだ飯台につき、家長が一年の感謝の気持ちと
来年に向けての抱負を一人一人訓示する。なくなった祖父からも厳格に受け継がれている。
ずっと話をきく間は正座なのであるが、子供の頃に剣道をしていたせいか、正座はそう苦にならない。
ただ、私などは結構いい加減なので、子供の頃などは話の最中よくふぜけていて叱れていた。
1日は、3社参り そしてお墓参り。
今年は、朝ゆっくりしていたので、やや遅めのスタート。
曇り空ではあったが、思ったより寒くない。帰る頃には、晴れ間がさしていた。
お墓参りは、毎月1日の行事ではある。
父方、そして母方のご先祖さま、そして労災で亡くなった社員、
最後に地区協会で建立した殉職者慰霊碑の4箇所(いづれも市内の同じ墓地エリアにある)。
有形無形で支援くださる方々に、明るい光が差し込むように祈った。
慰霊碑の前では、今年到来するであろう本格競争時代の中でも、
「安全第一」の精神で一人も犠牲者が出ないように深い祈りを捧げた。
本日2日は、やや遅めの起床。
初風呂は薬草入りの風呂で温まり、仕上げは水風呂。気合が入った。
これから、厄入り行事の一環として、近くの神社でお祓いを受ける。
そして、そのまま厄入りの仲間と新年会。
6日間ある休みで、何にも予定が無い日というのは3日くらいになりそうである。
年頭の方針、そして一冊は読もうと思っていた読書、 どこで時間を見つけようか。
そういえば、子供と正月休みに一緒に行くと約束していた公園行きがあった。
約束を履行してから、読書の時間をみつけることになりそうだ。
